進藤、美しい一局だったよ、君の前に座っているのが僕でないってことが悔しかったよ

テレビでやっていた「ヒカルの碁」の再放送を見る。ライバルの少年が主人公に言う。「進藤、美しい一局だったよ、君の前に座っているのがボクでないってことが悔しかったよ」。情熱的な愛の言葉である。そのライバルの少年は、おかっぱの黒髪に半ズボンのスーツ姿というまるで萩尾望都ギムナジウムものみたいな中性的な美少年。彼が登場する度にバックに白い花を咲かせたいキャラクターである。さらに、その黒髪の美少年(塔矢くん)は主人公(進藤くん)のことを思い浮かべ、心の中でつぶやく。「進藤、ああ、彼のことがアタマから離れない」。主人公の少年への想いで一杯な彼は、周囲の人間のことなど一切目に入らず、しだいに学校で浮いた存在になってしまう。そのことをとがめられた彼は、つややかなおかっぱの黒髪を振り乱し、悲痛な表情で言う。「彼が拒絶するならボクはどんな手だって使ってみせる」。ああ愛はエゴイズム。一方、主人公の少年も彼のことを思い浮かべながら、遠い目をしてつぶやく。「塔矢、いつかきっとお前を振り向かせてみせる」。「ヒカルの碁」は、そんなふたりの美少年が互いに惹かれあい、求めあい、時にはげしくぶつかりあう愛の物語なのであった。うひゃあ。彼らにはいつどこにいてももう互いの姿しか目に入らない。世界はただふたりのためにあるのだった。これ、地上波で放送していいのか。


ふたりはさかんに恋の駆け引きもする。頭の中は互いへの想いで一杯なのに、なにかにつけてつれないそぶりを見せる。主人公は言う。「塔矢、俺、もうお前とは打たない!」「えっ、な、なんでそんなことを」、涙目になってたじろぐおかっぱの美少年に主人公は追い打ちをかける。「俺はもうお前のことなんかなんとも思ってないんだからな!」。さらにそれから二年後、主人公はプロ試験に合格し、ついに愛しの彼と同じ舞台に立つ。ひと足先にプロ棋士の世界に入っていたライバルの美少年は、この日が来ることを心待ちにしていた。彼は主人公の試験の成績が気になってもう自分の対局も手につかない。対局室に貼られている試験の星取り表を見つめては心の中でつぶやく。「進藤、まっすぐボクの背中を追いかけてこい!ボクはここにいる!」。ところが、主人公が無事プロ試験を通過し、新人棋士のお披露目のために開かれたパーティ会場に現れた彼は、鋭い視線を主人公の少年に向けると威圧するように歩み寄ってくる。主人公の少年はその様子に少し身構えるが、ライバルの美少年のほうは険しい表情のまま彼のすぐ脇を通り過ぎ、何も言葉をかけることなく、そのままその場から立ち去っていく。肩に掛かるつややかな黒い髪をなびかせて。すると主人公の少年は顔を真っ赤にしてつぶやく。「な、なんだよ、あいつ……」。うわああもうたまらん。コーヒー鼻から吹きそう。本当にこれ、地上波で放送していいのか。


ヒカルの碁」を見ていたという女子生徒たちが学校にいたので、あれ、やおいだよねと言うと、「心がけがれている」「腐女子入ってる」「二次創作してる」と物語の本質をまるで理解していない反応。でも、彼女たちはきゃあきゃあとなんだかやけにうれしそうなのであった。