福島原発の状況を伝えるテレビニュースを見ながら、以前書いた原発についての文章を加筆・修正する。
書き直した文面は次の通り。
原子力発電は必要か
この回は、日本の原子力発電について考えました。
本来、原発の問題は、純粋に技術な視点から安全性と経済性を評価し、その上で広く世論の声を集めて今後の方針を決めていくべきものです。ところが日本では、原子力のエネルギー利用を「国策」として官民一体で推進し、批判の声を抑えこんできたため、原発の是非はきわめて政治色の強い問題になってしまいました。そうした中で原子力行政の情報公開はすすまず、その一方で、電力会社による「原子力発電は安全でクリーン」という原発推進のメッセージばかりがマスメディアを通じて大量に発信されるという状況がつくられてきました。
また、日本特有の問題として、原発建設は常に地方の過疎の問題と密接に結びついており、巨額のお金の動く公共事業であるという点もあげることができます。そのやり方を地方経済の活性化につながると見るか、それとも過疎地域の弱みにつけ込んで押しつけていると見るかによって、原子力行政の評価も大きくちがってきます。こうした過疎地域での原発建設は、閉鎖的な地域社会の因襲や地元の建設業者の利権を巻き込んで、しばしば反対派住民への嫌がらせや脅しという事態をまねいてきました。
日本の原発をめぐる状況は、1990年代末を境にして大きく変化しました。1999年におきた東海村核再処理施設での臨界事故をはじめ、1990年代末には国内での原子力施設で事故があいついだため、世論の不信感が高まり、政府としても以前のように「国策」として強引に推進するのが難しくなってきています。それまで一貫して増えてきた総発電量に占める原子力の割合も、2000年以降は30%前後で横ばい状態が続いており、トラブル隠しが発覚した2002年には発電量も減少するという事態になりました。政府としては、今後も新たな原発を建設し、2020年頃には原発の割合を50%近くまで高めるという方針を打ち出していますが、近年では原発建設をめぐっては住民の反対が大きく、新たな原発建設は難しい状況になっています。
この回の授業では、原子力発電をめぐって過去にどのようなことがあったのか、原発をめぐって推進派・反対派はそれぞれどのような主張をしているのかを見ながら、原子力発電のあり方を考えることにしました。
【講義ノート】
原子力発電の長所
1.原子力発電は電力の安定供給の切り札である
・日本の総発電量に占める原子力の割合は約30%(東京電力では約40%が原子力)
・2000年までは一貫して増加
・2000年からは横ばい
→ 1990年代末に事故があいついだことで新たな原発建設は難しくなっているため
→ ただし、政府としては原子力の発電割合を50%程度まで高めたいという方針
・原発は大規模に安定的な発電が可能
→ 現在の風力や太陽光では、原発や火力発電にかわる大規模発電は不可能
風力や太陽光は発電コストも高い
・家庭用のソーラーパネルで導入費用は約200万円
・日本はエネルギー資源の99%を輸入に依存している
↓
産油国はアラブ諸国に集中 = 政治的に不安定
→ 戦争や紛争でしばしば石油価格は高騰
エネルギーを石油に依存することはオイルショックの二の舞になる危険性
↓ エネルギー安全保障
ウランの産出国であるオーストラリア・カナダは政治的に安定しており、安定供給が可能
→ 国策として原子力へのエネルギーシフト
・原発は大量の電力を安定供給できるので、急激に経済発展している中国・インドでは原発建設がさかん
2.原子力発電を増やすことで電気代が安くなる
・電気代が安くなることは、家計が助かるだけでなく、日本の経済競争力を高める
→ 大量の電気が必要な工場の運転コストが下がる
・原発は少量のウランから大量のエネルギーを得られるため、エネルギー効率が良い
→ ウラン燃料を一度、原子炉に入れれば、一年以上交換なしに発電可能
・通商産業省資源エネルギー庁による1kWhあたりの発電コストの試算(1999)
原子力 5.9円
LNG火力 6.4円
石炭火力 6.5円
石油火力 10.2円
水力 13.6円
→ 原発の発電コストは石油火力の約半額
・二酸化炭素だけでなく、窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)も排出しない
↓
地球温暖化問題が深刻になり、欧米各国でも近年、原発を再評価する動き
= 原発ルネサンス アメリカ・ドイツなど再評価の動き
4.原子力発電所の建設によって、過疎地域の経済対策にもなる
・地方の過疎地域には、仕事先がなく、若者の多くが都会へ出て行ってしまう
→ 過疎地域に原発を建設することで、建設業や原発関連の仕事で働くことができる
・原発を受け入れた自治体には、国や電力会社から数千万円の補助金が支給されるので、地方財政も潤う
5.日本の技術力を世界にアピールすることができる
・原子力発電は様々な技術の集合体
→ 日本のイノベーション(技術革新)を加速させる
・すぐれた原子力技術は海外へ売り込むこともできる
→ 日本の技術をアピールすれば、原子力分野は大きな輸出産業になる
→ 原発建設のさかんな中国・インドへの輸出
6.フランスでは電力の約80%を原子力発電で供給している
・電気代は他のヨーロッパ諸国とくらべてほぼ半額
・あまった電気は周辺諸国へ売却し、利益を上げている
・さらに、フランスの国営企業アレバは原子力技術を各国へ輸出している
→ 中国・インド・アメリカなど
・フランスでは大きな原発事故は一度もなく、世論の信頼や支持率も高い
・石油や石炭といったエネルギー資源に乏しいという点では、日本もフランスと同じ
7.原子力の専門家たちのほとんどは原発の安全性を主張している
・原発に反対している人たちの多くは、感情論で反対しているだけの専門知識のない人たち
↓
・原発を推進するかどうかは、安全性と経済性の面から論理的に判断すべき問題
= 感情的にいくら反対しても解決する問題ではない
・原発事故の確率は限りなくゼロに近い
→ 何万分の一や何億分の一の確率の原発事故を心配するのは、隕石が落ちてくるのを心配するのと同じ
→ 道を歩いていてクルマにはねられる確率のほうがずっと高い
原子力発電の問題点
1.大きな事故を起こした場合、取り返しのつかない大惨事になる
・1979年 スリーマイル島原発事故
↓
・核燃料がメルトダウン、原子炉が爆発する寸前におちいる
・アメリカ世論の原発への不信感をまねき、その後、アメリカでは新たな原発は建設されていない
= どこの国でも原発事故には世論は神経質になる
・1986年のチェルノブイリ原発事故では、原子炉が爆発し、大量の放射性物質をまき散らした
↓
・周辺地域に深刻な放射能汚染
・事故から25年以上たった現在も、半径数十キロにわたって一般の人たちの立ち入りは禁止されている
・周辺地域の人々には、放射線障害によるガンや甲状腺障害の発生率が高い
・2011年 福島原発事故
2.日本は被爆国であり、放射線障害の怖さはよく知られているため、原発に不安や不信感を抱いている人は多い
・感情論での反発があるのは当然
・周辺住民が原発にいだく不安感や圧迫感といった心理的な問題を無視すべきではない
→ もっと配慮すべき = 住民の不安感や圧迫感も原発に反対する正当な根拠になる
3.日本での原子力関連の事故やトラブルは多く、信頼性に欠ける
1995年 実験用原子炉「もんじゅ」で冷却剤のナトリウム漏れ事故
1997年 茨城県東海村の再処理施設アスファルト固化処理施設で火災爆発事故
1999年 茨城県東海村のプルトニウム加工施設で臨界事故
→ 作業員3人が死亡、住民も退避
2002年 全国の原発で百件以上のトラブルを隠していたことが発覚 → 原発を停止して総点検
2007年 ふたたび全国の原発で百件近くのトラブル隠しが発覚
2007年 新潟県中越沖地震によって柏崎刈羽原発が火災事故
→ 後に柏崎刈羽原発の真下に断層があることが判明
2011年 東北大地震で福島原発の事故
→ 津波で冷却機能が故障、原子炉が過熱し、大惨事へ
4.福島原発の事故では、被害総額は数兆円にのぼると見られている
・家や生活の手段や仕事を失った人への損害賠償は東京電力が行う
→ それでも不足する場合、国が賠償金を補填 = 税金から
・原発が大惨事をもたらすと、電力会社はその責任と損害賠償を背負いきれない
= 原発は事故の確率が小さくても、万が一の場合のリスクが大きすぎる
= 自らが背負えないリスクを生み出すしくみは無責任である
5.日本の原子力行政は非民主的である
・「国策」として官民一体で原発を推進 = 国が決めた方針だから従えというやり方
→ 原子力行政は情報公開が進まず秘密主義
→ 事故やトラブルを人々の目からかくそうとする体質
・2002年全国の原発で百件以上のトラブルを隠していたことが発覚 → 原発を停止して総点検
・2007年ふたたび百件近くのトラブル隠しが発覚
・不利な情報も公開して、広く議論をした上で決めるのが民主主義本来のあり方
・過疎地域の弱みにつけ込むやり方
・原発建設計画のある地域では、反対派住民への嫌がらせがくり返されてきた
・建設業者や地元有力者による反対派住民へのおどしや村八分
・1993年石川県珠洲市では、原発推進派の市長候補を選挙で勝たせるため地元自治体が投票用紙を偽造
→ 最高裁判決でも選挙に不正があったと判断
7.電力会社による「原子力発電は安全でクリーン」という意見広告は政治的プロパガンダである
・電力会社が大量のコマーシャルによって一方的に世論操作をするのは全体主義的なやり方
・原発の是非のような重要な問題は、広告で世論を誘導するのでなく、情報を公開してオープンに議論をすべきもの
→ 肝心の情報公開は不十分
・東京電力の広告宣伝費は年間約300億円 = 日本の全企業で18位(「広告白書2008」より)
→ 電力会社は大スポンサーなので、テレビも新聞も原発を批判できない
→ 政府も毎年70億円をつかって原発をPR
・電気会社やガス会社のような地域独占体制の企業はコマーシャルを禁止すべき
= 企業間競争のない状態での広告は、自分たちを正当化するためだけのメッセージ
= 消費者には選択肢がないので、電力会社のメッセージ広告に対抗する手段がない
8.原発から出る核廃棄物は半永久的に管理しなければならない
・使い終わった核燃料棒は、約十万年の間、強い放射線を出し続ける
→ ガラスで固めて鉛の容器に入れ、地下深くに埋めて半永久的に管理し続けることになる
↓
・日本では、青森県六ヶ所村に放射性廃棄物の処分場がつくられたが、将来的に安全に管理できるかどうかは不明
↓
・放射性廃棄物の処分費用や管理費用も含めると原子力発電はけっして安上がりではない
→ 政府の発電コストの試算には、放射性廃棄物の処分費用や管理費用は含まれていない
9.古くなって廃棄された原発は、放射能レベルが高いため、再利用できないできない土地になる
・原発の耐用年数は30年〜50年
・古くなった原発は設備を解体し、跡地を鉛とコンクリートで固めて管理
→ 解体時にも被曝や放射能汚染の危険
→ 放射線の量が通常レベルになるまで約100年間管理
・原発や原子力関連施設は、テロやミサイル攻撃の標的になる危険性
11.日本は地震多発地帯
・ただでさえ原発には事故のリスクが伴うのに、地震多発地域の日本に原発を集中させるのは危険性が大きすぎる
・政府や電力会社は、地震多発地帯をさけ安定した地盤に原発を建設していると主張
→ しかし、日本には安定した地盤も地震のない地域も存在しない
↓
・2007年の新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原発の事故
・2011年の東北大地震では、福島原発の事故
・欧米の報道では、日本で大きな地震があった際には必ず原発の状況についてもつけ加える
= 地震多発地帯にある日本の原発は世界的にも不安要素と見られている
12.環境問題への意識の高いヨーロッパ諸国では、原発を縮小・段階的廃止の方針をうち出している国が多い
・ドイツ、スウェーデンなど
↓
原発のかわりに太陽光や風力などの再利用可能なエネルギーへのシフト
オランダでは電力の20%が風力発電
13.原発は風力や太陽光などの再生可能エネルギーが実用化されるまでの「つなぎ」にすぎない
・ウランは石油や石炭や天然ガスと同様に限りある資源、数百年後には枯渇している
・半永久的に利用できるのは風力や太陽光などの再生可能エネルギーだけ
・安価で効率の良い再生可能エネルギーが開発されるまでの「つなぎ」ならば、原発にこだわる必要はない
・石油・石炭・天然ガスなど他の発電方法はいくらでもある
・稼働中の火力発電所は3割程度
→ 火力発電所をもっと活用して、風力・太陽光を増やしていけば原発をやめても電力は足りる
14.日本では、原子力技術の専門家のほとんどが電力会社や国から研究費をもらっている
・日本では、中立・公平な立場から原発の安全性を評価できる専門家がほとんどいない
= 専門家が「原発は安全」と主張しても、公平性に欠け、信頼できない
・原子力の研究者は原子力エネルギーに夢をいだいている人たち = 「原子力村」
= 彼らが「原発は安全」と言うのはあたりまえ
= 原子力や原発の危険性を研究している研究者はほとんどいない
→ そういう研究者は学会の中で孤立、わずかな研究費
・政府も「原発推進」を前提に安全管理
= 原発のようなリスクの大きい巨大技術がアクセルだけでブレーキのない状況
【課題】
日本では都市部に原子力発電所をつくることが認められていないので、原発建設は常に過疎地域の財政難や公共工事の問題と深く結びついています。そのため、東京で暮らしていると、自分の家の近所に原子力発電所があるというのは、なかなかイメージがわかないのではないでしょうか。ある田舎の村や町が原発建設計画をめぐって地域を二分して大騒動になったあげく、建設の是非について住民投票をすることになったというニュースをテレビでやっていても、どこか遠い出来事という印象ではないかと思います。そこで今回は、自分が原発建設計画の持ち上がった過疎地域に暮らしていると仮定して、この問題を論じてほしいと思います。
さて、あなたは海辺の小さな村にくらす高校生だとします。村には主要産業がなく、年々、過疎化と高齢化がすすんでいます。あなた自身も地元の高校を卒業したら、東京の大学へ進学するか、東京の会社へ就職するという進路をばくぜんと思い描いていました。ところが、そんな中、村に原子力発電所の建設計画が持ち上がりました。原発がつくられれば、地元に就職するチャンスができますが、その一方で、事故や放射能汚染の不安もかかえることになります。
原発建設は建設会社にとって大きなビジネスチャンスなので、地元の建設業者は行政や村の有力者と手を結び、積極的な原発誘致活動を始めました。彼らは村に原発が建設されることになれば、工事によって働き口もできるし、建設後も発電所での作業員の仕事もできるようになるとさかんにアピールしています。また、自治体にも電力会社から巨額の補助金や税金が入ってくるので、これをきっかけに村の財政を立て直せると村の首長や議員の多くが受け入れ賛成の立場をとっています。
その一方で、事故の不安を訴えて反対する人たちも出てきました。原発の場合、事故が起きたら大惨事になってしまうので、その時、まっ先に被害を受けるのは自分たち近隣住民だと不安を訴えています。また、いままでに日本でおきた原子力関連の事故やトラブルで、電力会社はたびたび住民やマスコミをごまかそうとしてきたため、電力会社からいくら安全だと説明されても信用できないと言っています。とくに漁業関係者たちは、原子力発電所は大量の温水を海に排出するので沿岸漁業へ悪影響がでるし、事故がおきて海が放射能で汚染されたらもう漁業ができなくなってしまうと心配しており、強く反発しています。
原発建設をめぐって住民がまっぷたつにわかれて対立する中、住民集会が開かれることになりました。住民集会には、地域住民のほぼ全員が参加し、めいめいが原発建設について自分の考えを述べています。そんな中、高校生のあなたにも発言の番が回ってきました。あなたの考えを述べてほしい。(約800字)
【まとめ】
全体の傾向は、建設に賛成が約2割、建設に反対が約7割、保留・その他が1割というところでした。男女によって賛否の比率が異なっているのが特徴的で、男子では賛成が約3割なのに対し、女子では賛成は1割程度にとどまりました。多数意見は、当面の間、すでにある原発によって電力供給をつないで、その間にもっと効率の良いソーラー発電や風力発電を開発し、シフトしていくのが良いというものでした。レポートとは別に、国内で今後新たな原発を建設することについてたずねたところ、賛成は2割弱でした。(1996-2011)
夢の中ではうまく歌える 2011-04-11 - 福島には原発が必要だった
http://d.hatena.ne.jp/ayua/20110411/1302526954