差別とはなにか


何年か前に書いた「映画館のレディースデーは差別なのか?」という課題が差別の問題を考える例として本質からずれているように見えたので、新たな課題をつくることにしました。こうした課題をつくる際の基本方針は、できるだけ具体的に考えられるようにすること、入り口の敷居は低く奥行きは深くつくることのふたつです。

→ 差別とはなにか


文面は以下の通り。

差別とはなにか


【課題】 今回は具体的なケースを検討しながら、差別とはなにかを考えていきたいと思います。あるレストランに次のようなメニューがあったとします。まず、これを例に考えてみましょう。

  • 「お子様ランチ」12歳以下のお客さんのみ
  • スペシャルディナー」金髪で青い目のお客さんのみ

 「お子様ランチ」を13歳以上の人たちへの差別だと批判する人はいないでしょう。13歳以上になったら社会的に弱い立場に置かれるなんていう社会は地球上のどこにも存在しないからです。むしろ、どんな社会でもおとなたちは小さなこどもたちよりも多くの面で強い立場にいます。
 一方、金髪で青い目のお客さんにのみ「スペシャルディナー」を提供するサービスは、きわめて差別的に見えます。これは金髪で青い目の白人を「優れた人種」とする長年にわたって続いてきた人種的偏見がその背景にあるからです。たとえこの店のオーナーが「たんにうちの店では、常連客に金髪で青い目の人たちが多いから、このサービスをはじめただけです、常連のお客さんを大事にしてリピーターを増やすことは商売の基本です、このサービスはあくまで売り上げを伸ばすことが目的なんです、べつに私には有色人種を見下すつもりはないし、人種差別をするつもりもありません」と主張したとしても、この営業方針は結果として社会の人種的偏見や人種差別を助長することになります。そのため、このオーナーに本当に人種差別の意図がなかったとしても、こうした人種によって差をつけるやり方はやはり差別的に見えます。
 このように差別の問題を考える場合、その社会背景にはなにがあるのかを十分に考慮しないと、「お子様ランチはおとなへの差別だ」という短絡的な考え方をまねくことになってしまいます。


 では、次のケースについてはどうでしょうか。そのいくつかは実際に日本で行われている営業形態です。例にあげたA〜Gについて、あなたはそれぞれどのように判断しますか。なぜそれを差別的だと考えるのか根拠を示しながら、あなたの考えを述べなさい。(800字)

  • A.「ジャイアンツ・ファン入店お断り」の阪神タイガース・ファンのための居酒屋
  • B.「中卒・高卒入店お断り」の高学歴の人のための高級クラブ
  • C.「浴衣(ゆかた)のお客さん半額サービス」のビアガーデン
  • D.「女性のお客さん半額サービス」の映画館
  • E.「泥酔したお客さんお断り」の銭湯
  • F.「ハンセン病元患者の宿泊お断り」のホテル
  • G.「外国人の入居お断り」のアパート


【解説と資料】

*タイガース・ファンのための居酒屋
 阪神ファンの店にかぎらず、ヤクルトファンの集まる店、カープファンの集まる店、浦和レッズファンの集まる店など、特定チームの熱狂的なファンのたまり場になっている店は日本全国にたくさんあります。たとえ店の看板に「ジャイアンツファンお断りや!」と書いてなくても、こうした店は他のチームのファンにとって近寄りがたい雰囲気をかもしています。でも、これを「差別だ」と批判する人っていますか?
 では、このケースとハンセン病元患者や外国人の宿泊拒否とでは、いったいなにがちがうんでしょうか。このちがいこそが差別とはなにかという問いの核心部分だと思います。


*中卒・高卒入店お断りの店
 私はいまだかつてこういう店に出くわしたことはありませんが、もし実在するとしたらじつに嫌な店です。でも、国籍や肌の色と違って生まれ持った性質による制限・排除というわけではありません。もし店のオーナーが「それが嫌なら大学へ行けばいいだけのことです、それすらも嫌なら低学歴の人も受け入れてくれる他の店へ行けばいいだけです」と主張したら、あなたはどうしますか?
 この店の営業方針は、日本社会に深く根付いている学歴差別や偏見と結びついて、学歴のない人を「劣った人間」と見なすものなので、たとえ生まれ持った性質と関係がなくても、私はこの店のやり方はきわめて差別的だと思うんですが。


*浴衣客割引のビアガーデン
 夏のビアガーデンに浴衣姿のお客さんが多いと「絵になる」ということから、割引サービスを実施しているビアガーデンを時々見かけます。こういう「ターゲットのお客さん」を優遇するしくみは、他にも様々なものがあって、サラリーマン割引のビジネスホテル、学生割引のある大盛りが売り物のラーメン店、レディースデーとして女性客を割引している映画館や遊園地など、それぞれターゲットのお客さんにより利用してもらえるようなサービスを実施しています。それらのほとんどは、差別とは関係のない他愛もないものですが、先にあげた「金髪で青い目の人」という人種差別的なやり方も、ターゲットのお客さんを優遇するしくみのひとつといえます。


*映画館のレディースデー
 多くの映画館が毎週水曜日に実施している「レディースデー」は、1980年代に都心部の映画館で始まったものです。もともと平日の映画館は女性客のほうが圧倒的に多いんですが、以前は水曜日にデパートが一斉に休みになっていたことから、映画館でも女性客が減少し、週の中だるみになる傾向がありました。そのテコ入れとして、都心部の映画館が水曜日をレディースデーに設定し、割引サービスをはじめたところ、話題を呼んで集客効果をあげたことから、やがて全国の映画館へと普及していきました。現在では、日本中のほとんどの映画館がこの水曜日レディースデーを実施しています。このレディースデーは女性への社会的支援ではなく、浴衣客割引のビアガーデンなどと同様にあくまで映画館が利益を上げるための営業戦略として実施しているのが特徴です。
 では、なぜ「メンズデー」はあまり普及していないのか。「日経エンタテインメント」2007年11月号では、「女性はカップルや友人など何人か連れだって来るのが多いのに対し、男性は1人で来ることが多いため、割引に対しての動員増加が見込めないから」と指摘しています。つまり一般的な傾向として、女性のほうが料金にシビアで、友人・知人たちと連れだって映画を観に来ることが多いため、割引サービスをした場合、割引の損失を上回る女性入場者数の増加が見込めます。それに対して、男性客はひとりで映画を観に来ることが多く、多少料金が高くても観たい映画は観るというマニアックな傾向があります。とくに近年では、そういう熱心な映画マニアしか男性客は映画館に足を運ばなくなりつつあります。そのため、映画館側では、男性向けに割引きサービスをしてもそれほど集客効果が上がらないと考えています。
 ただ、こうした女性客優遇のしくみは、良い作品でも女性客にウケそうもない映画は日本で上映されないといった少々いびつな状況ももたらしています。現在の日本の映画業界は完全に女性客を中心に回っているので、上映される作品もハンサムなハリウッドスターや韓流スターが登場するラブストーリーばかりになっています。西部劇ややくざ映画に大勢の男性ファンがつめかけ、熱狂していたというのは、はるか昔のことになってしまいました。

→ 映画館のレディースデーは男女差別なのか?


*泥酔したお客さんお断りの銭湯
 多くの銭湯で「酔ったお客さんの入浴をお断りしています」という張り紙を見かけます。これは酔っ払った人が湯船の中で寝てしまうと危険だからで、酒に酔ったまま風呂で寝てしまい、溺死する事故は自宅の風呂もふくめると毎年数多く発生しています。また、酔って暴れて他のお客さんに迷惑をかけてしまうことも「お断り」の理由のひとつです。


ハンセン病
 ハンセン病はらい菌による感染症です。20世紀半ばに特効薬プロミンが開発され、現在では治る病気になっています。また、感染力は弱く、完治した場合は他の人に感染しないことも明らかになっています。ところが、ハンセン病は進行すると骨や筋肉の変形、皮膚のただれといった深刻な症状をもたらすため、昔からひどく恐れられてきました。日本では昔からハンセン病患者を孤島や山奥に隔離する慣習があり、明治の終わり頃からは、政策として患者の隔離が実施されてきました。病気が解明される以前には、遺伝病ではないかと疑われたことや強い感染力があるのではないかと疑われたため、家族にハンセン病患者が発生した場合には地域社会で村八分になるというケースも数多くありました。そのため、家族にハンセン病患者が出た場合には、人目を忍んで隔離施設へ送り出し、患者は家族に迷惑をかけないよう名前も変え、その後、家族とのいっさいの縁を絶って療養所での「余生」を過ごすというのが慣習化されていきました。また、隔離施設での患者のあつかいはひどいもので、いくつかの隔離施設では医師による患者への人体実験まで行われていたことが近年になってわかってきました。こうした隔離政策は、治療方法が確立され、ハンセン病が治る病気になった1960年代以降も続けられました。2001年に熊本地裁が、国によるハンセン病患者への隔離政策は元患者への人権侵害であるとする判決を示し、政府もそれを受け入れたことで、長年続いてきた隔離政策はようやく改められることになったのです。
 ハンセン病が治る病気になり、初期に治療すればほとんど後遺症も残らず、重症化しても完治すれば他の人へ感染することはないことが判明した現在でも、元患者や患者への差別や偏見は、日本社会に根強く残っています。2003年には、熊本のホテルがハンセン病元患者の宿泊を拒否するという事件がおきて社会問題になりました。(詳しくは下記の新聞記事を)


*外国人お断り
 日本で「外国人お断り」の営業方針をしている温泉、ホテル・旅館、アパートは現在も多く、しばしば社会問題になっています。とりわけ「外国人の入居お断りのアパート」はなかば慣習化しているほど多く、留学生や外国人労働者が日本で部屋探しに困っているという話はしばしば耳にします。
 欧米でも1960年代までは、「外国人お断り」「有色人種お断り」「アラブ人・イスラム教徒お断り」という営業はしばしば見られましたが、1964年にアメリカで公民権法が制定されたのをはじめとして、1970年代には、各国で人種や国籍による制限・排除を法律で禁止しました。そのため、現在ではこうしたやり方を表立ってしている店・ホテル・アパートは見られなくなっています。(もちろん水面下での差別はいまも様々なかたちで残っています。たとえば、ニューヨークの街中で黒人がタクシーに手を挙げてもなかなか止まってくれない状況はいまも変わっていません。)
一方、日本では現在も国籍や人種による制限・排除を禁止する法律がないため、「外国人お断り」の営業が野放しになっています。法律がないので、役所としても法律に基づいた行政指導ができず、地元の自治体職員がホテルや不動産屋をまわりながら、外国人を締め出さないようパンフレットを配り、状況の改善をお願いしているというのが現状です。(詳しくは下記の新聞記事を)

ハンセン病訴訟の控訴断念 小泉首相が政治決断

四国新聞 2001/05/23 18:47

国の控訴断念を訴えるハンセン病訴訟原告の一人一人と握手する小泉首相=23日午後、首相官邸

 小泉1 件純一郎首相は23日夕、首相官邸坂口力厚生労働相森山真弓法相、福田康夫官房長官らと会談し、国に賠償を命じたハンセン病1 件訴訟の熊本地裁の判決を受け入れ、控訴を断念することを最終決定した。原告団が高齢な上、「ハンセン病問題の早期解決、全面的な解決を図りたい」(小泉首相)と政治決断した。政府は他の裁判への影響を最小限に抑えるため、政府声明を発表し、判決の法律上の問題点などを指摘する。政府声明では責任を認め患者らに陳謝、患者全員を対象とする損失補償のための立法措置などの新たな救済策も盛り込まれた。



宿泊拒否のホテル謝罪 保身の釈明響かず「型通り」神経逆なで
ハンセン病元患者ら 「悔い感じられぬ」

西日本新聞 2003年11月21日 朝刊

 「差別された痛み」をめぐるやりとりは、かみ合わず、まったく深まらなかった。二十日、謝罪に訪れた熊本県南小国町のホテル支配人と、宿泊を拒否されたハンセン病の元患者たち。「人の尊厳を踏みつけた悔いの気持ちが全く感じられない」。謝罪文の受け取りを拒否した後、国立ハンセン病療養所菊池恵楓園の太田明自治会長(60)は怒りを強めた。
 「すみませんと頭を下げるだけで済む話ではない」。冒頭、型通りの謝罪文を読み上げたアイレディース宮殿黒川温泉ホテルの前田篤子総支配人(56)に対し、園の入所者はすかさずこういい、質問を継いだ。「宿泊拒否は会社の判断なのか」
 戸惑う前田総支配人は「本社の判断ではありません」「私の無知、認識不足だった。申し訳ない」と、責任をすべて自分一人にかぶせた。
 しかし、ホテルを経営するアイスター(東京)が県の説得を拒否したことは既に報道されており、だれも納得はしない。「らい予防法の廃止(一九九六年)から頑張ってきたわれわれの努力をあなたは壊した」。元患者の問いに、総支配人は無言のままだった。
 やりとりは約一時間半。入所者は、八年前に総支配人に就任した経緯なども質問し、どんな実体験からハンセン病への偏見が拡大されたか知ろうとした。しかし、「化粧品の代理店から出発した」「全く素人としてやってきた」との答え以上に言葉はなかった。
 責任をとって総支配人を辞めるかどうか。その議論にも、総支配人は「言える段階にはない」。結局、今回の「事件」の本質に迫ることはできず、「何しにきたか、帰れ」「自己保身の謝罪やないか」「社会的責任は置き去りか」など、怒声も飛んだ。
 太田会長は「本当は和解の声明文まで用意していた。社としての謝罪もなく、残念だがあの内容はわれわれの心をつかむものではなかった」とこぼした。

 ●「意図的な侮辱」 九弁連が理事長声明
 九州弁護士会連合会(森永正理事長)は二十日、ハンセン病元患者の宿泊を拒否したホテルを非難する理事長声明を発表した。
 声明は「いまだに残る偏見・差別を助長する意図的な侮辱、名誉侵害で極めて悪質」と厳しく批判するとともに、国や熊本県に対して偏見・差別をなくすための実効性ある施策を求めている。関係機関に郵送した。

 熊本県潮谷知事が厚労相に経緯報告
 ハンセン病の元患者に対するホテルの宿泊拒否問題で、潮谷義子熊本県知事は二十日午後、東京の厚生労働省坂口力厚労相を訪ね、同問題の経緯を報告した。潮谷知事は「人権啓発にしっかり取り組んでいると思っていただけに、今回の問題はショック。なぜ(宿泊拒否という)反応が起きたのか困惑もあった。地元の法務局で人権侵害の調査が始まっている」と説明した。
 坂口厚労相は「事件については大変残念だ。こうしたときにきちっとした手を打つかどうかが差別解消に役立つと思う」と述べた。

 ●歴史的勝訴から2年半 差別根絶 闘いは続く 雲ひとつない抜けるような青空に元患者たちの希望の光を感じた。二〇〇一年五月十一日、ハンセン病国賠訴訟の熊本地裁判決。原告「勝訴」の記事を書きながらそんな思いを抱いた。国の強制隔離政策が基本的人権の侵害にあたるとして、「憲法違反」と断罪した歴史的な判決だった。元患者らの「人間回復」への道は青空へ向かって大きく開け放たれたはずだった。
  ◇   ◇
 あれから二年半。黒川温泉の観光ホテルが国立ハンセン病療養所菊池恵楓園(熊本県合志町)に入所しているハンセン病元患者の宿泊を拒否するという衝撃的な事件が起こった。歴史的な判決が出されたこの熊本の地でさえ、偏見・差別の根は、目に見えないところで、しぶとく息づいていたことに、あらためて問題の根深さを思う。
 それ以上に衝撃だったのは事件発覚後、ホテルの対応を支持する声や感染への理由なき不安を訴える声が多数、ホテルや熊本県などに寄せられたことだ。
 判決は世界的に外来治療への転換が進んだ一九六〇年代にわが国の強制隔離政策を転換すべきだったと指弾。現在の医療の常識もハンセン病はもはや感染病ではなく、完治する疾病になっているのだ。
 そうした中で今回の事件は起きた。ホテル側の犯した罪は二重の意味で深い。まず県の再三の事情説明を拒否している。まったく聞く耳もたずの姿勢だ。
 加えて今回の元患者の宿泊は、県が社会復帰事業として用意したものだった。隔離政策で古里を奪われた元患者に「社会への扉」を開いてもらおうという趣旨を、ホテル側は「その話は結構です」と拒んだ。あまりにも認識不足で不誠実だ。
 こうした偏見や認識不足が起きた最大の理由は「ハンセン病は強力な伝染力を持つ怖い病気」として長期にわたる強制隔離を放置した国の怠慢行政のツケだろう。と同時に、判決以後、国や県が続けてきた啓発活動が不十分だったと言わざるを得ない。
  ◇   ◇
 判決後に菊池恵楓園から社会復帰した中修一さん(61)=熊本市=は「地裁判決で差別が一気に解消したとはとても思えない。偏見差別を払しょくするには誤った政策が続いた九十年はかかる」と語る。
 ホテル側は二十日、ハンセン病への偏見と無知を認め、謝罪したが、問題はそれでは済まされない。二度と同じような不幸な事件を起こさないために司法当局や行政による調査と厳格な処分が求められよう。
 そして何よりも、偏見差別解消に向けてどれだけハンセン病問題と向き合い、書いてきたのだろうかと自省の念にもかられる。判決の日に感じた元患者らの「希望の光」を現実のものにするために、根気強くこの問題を追い続ける以外にないと痛感している。


ハンセン病」宿泊拒否ホテル廃業宣言の波紋

東京新聞 2004年02月23日(月) 00時00分

 ハンセン病療養所入所者の宿泊を拒否した熊本県のホテルが廃業を宣言したところ、入所者らへの中傷が相次ぐ事態となっている。ホテル側は廃業を「最大の謝罪」と説明するが、これをきっかけに「おまえらが廃業に追い込んだ」という電話が療養所などに殺到。加害者であるホテルを「被害者」にかえるほど差別は根深いのか−。(蒲 敏哉、中山洋子)

 ■「廃業追い込んだ」「従業員の職は…」
 「ひどいもんですよ」。熊本県合志町国立ハンセン病療養所「菊池恵楓(けいふう)園」の太田明・入所者自治会長がつぶやく。入所者の宿泊を拒否した同県南小国町の「アイレディース宮殿黒川温泉ホテル」が廃業を表明した今月十六日以降、療養所には「県とおまえたちが、ホテルを廃業に追い込んだ」とする中傷の電話やはがきが殺到しているという。
 「名前と住所を明記した手紙も多い。『ホテル従業員の職をどう保証するのか』や廃業の責任を県や入所者に転嫁する内容だ。五日間で、はがきや手紙だけで二十五通、電話を合わせるとゆうに五十件を超える。これからもまだ増えるんでしょうね」
 事件は、昨年十一月、熊本県潮谷義子知事が記者会見で、同ホテルによる宿泊拒否の事実に言及、明らかとなった。県がホテルに申し入れた菊池恵楓園入所者の宿泊予約を「ほかの宿泊客に迷惑が掛かる」として拒否していたのだ。
 入所者や県の抗議を受けたホテル側はいったんは謝罪したものの、親会社アイスター社長が「宿泊拒否は当然の判断」と開き直った。この発言は撤回され、再び謝罪し療養所と「和解」したものの、「説明不足の県側に責任がある」とも主張。事態を重くみた県側は熊本地検に旅館業法違反で刑事告発する一方、行政処分を検討していた。

 ■ホテルに同情論 地元記者も嘆息
 こうした過程でも、入所者らへの中傷は数多く寄せられてきた。ホテルの宿泊拒否が最初に報じられてから三日間で、電話やはがきなどによる中傷は約百件に上ったという。「国の税金で生活してきたあなたたちが権利だけ主張しないでください」「調子にのらないの」「謝罪されたら、おとなしくひっこめ」…。
 地元でこの問題を報じてきた西日本新聞熊本総局の担当記者は、嘆息する。
 「『差別はしないが、入所者とは同宿したくない』など、ホテルに同情する意見が相次いで寄せられている。実は、それこそが差別で、多くの人は気づいていないという記事も書いた。しかし、その直後には『記事の趣旨は分かるが、やはり同宿は嫌だ』という電話が殺到した。無力感にとらわれそうになる」
 事件の表面化以降、ハンセン病をめぐる根深い差別意識が露呈していただけにホテルが廃業ということになれば、入所者らへの「当てつけ」になりかねないことは予想できたろう。
 前出の太田自治会長は言う。「廃業について、ホテル側から入所者には事前に何の報告もなく、表明後もない。本当に謝罪というのなら、当事者に先に告げるのが筋だろう。ハンセン病に対する世間の差別意識を巧妙に利用した当てつけとしか思えない」
 これに対し、アイスター広報担当者は廃業の判断について、「最大かつ最善の謝罪方法として決めた」と説明するばかりだ。
 だが、気になるのは県が行政処分について十六日に正式発表を予定していた点だ。ホテル側はその直前に廃業宣言したことになる。
 熊本県生活衛生課の担当者は「ホテル側の行為は旅館業法第五条の『宿泊させる義務』に違反している。既に熊本地検刑事告発しているが、これは実は二万円以下の罰金刑」と刑事上の対応を説明する。

 ■「いつ廃業するか見通し明かさず」
 罰金以上の実効的な処分となるのが、営業停止などの行政処分だ。十六日に下されるはずだった、この処分は廃業宣言により先送りされた。これについて、担当者は「ホテル側に問い合わせても『従業員に廃業を伝えた』と答えが返ってくるだけで、いつ廃業するか見通しを明かさない。当方としては営業は継続中として判断するしかない」と対応に苦慮している様子だ。「十八日に、行政処分に先立つ手続きの弁明通知書をホテル側に出した。二十七日までに回答をもらう予定で、三月上旬には何らかの判断を出したいが…」とホテル側の思わぬ“奇策”に戸惑いを隠さない。
 ホテル側の廃業宣言にともなう中傷は、県にも及んでいる。同県健康づくり推進課の担当者は「知事あてのメールや手紙で『廃業は県のせいだ』などの批判が数十件寄せられている。県としては人権に配慮し適正に営業していただければよく、廃業してほしいなどとは言っていない。こういう中傷が起きる事態になり、ホテル側はどういう意図で今回の決定をしたのか、実際のところ真意を測りかねている」と明かす。
 こうした状況に、ハンセン病訴訟全国原告団協議会の国本衛事務局長は「二〇〇一年に、国の患者隔離政策の過ちを指摘した熊本地裁判決で、これからはもっとハンセン病に理解が広がっていくだろうという期待をもっていたが、何も変わってないことが分かった」と話しながら続ける。「アイスター側は最初から自分勝手な言い分を並べて『謝罪』と称してきた。ホテル廃業は謝罪どころか、ハンセン病元患者らを排除する考えを助長する、全く逆のアピールにすぎない」
 元患者の作品をまとめた「ハンセン病文学全集」の編集を担当した、作家で精神科医加賀乙彦氏は「ホテルの廃業は、社会の悪意が元患者に向くことを狙ったさらなる差別事件だ」と指摘。「おそらく、これほどハンセン病元患者に対して中傷がむき出しになる事件は過去にもないのでは」と推測する。
 いじめやハンセン病裁判に詳しい鹿児島大学采女博文教授(民法)も「宿泊を拒否してから廃業宣言に至るまでのホテル側の対応は非常に常識外れで、県の行政処分の直前に廃業を発表する手法は極めて悪質。行政への当てつけともいえる。たまたまこの機会にホテルを処理しようというタイミングだったのではないか。責任を取ることになっていない」と批判する。
 ハンセン病の強制隔離政策を研究する富山国際大学の藤野豊助教授(日本近現代史)は、「施設に送られた手紙を見せてもらったが激励もある一方、非常に残酷でかつ組織的な手法をうかがわせる内容もあった」と明かし、こう訴える。

 ■第二、第三の宿泊拒否危ぐする声
 「結局、今回の問題は、国民全体にハンセン病への理解がほとんど得られていない状況を反映しているといえる。国や県はパンフレットなどではなく、人と人との触れ合いの中から差別をなくす政策を打ち出すべき。そうしなければ第二、第三の宿泊拒否が続く」


風呂も仕事も一緒に

朝日新聞 社説 2002.11.18
 「外国人の方の入場をお断りします。JAPANESE ONLY(日本人だけ)」の看板が、ことの発端だった。
 外国人の入浴を断った北海道小樽市の温泉施設に対して、ドイツ人や日本国籍を取った元米国人らが「人種差別撤廃条約法の下の平等を定めた憲法に反する」として損害賠償を求めた裁判で、札幌地裁は「人種差別にあたる」との判決を言い渡した。
 当然の判断だ。肌の色などの違いを理由に人間を差別することは許されない。
 入浴施設の中には「入れ墨を入れている人」や「泥酔者」の入浴を断るところもあるが、それとはわけが違う。
 入れ墨や飲酒は本人の意志によるもので、その結果としてある程度の制限を受けることもありうるだろう。しかし、人種や性別など生まれながらのことで人を差別することはあってはならない。
 「外国人お断り」をめぐるトラブルは各地で起きている。静岡県浜松市の宝石店が外国人の入店を拒否したケースは訴訟になり、裁判所が損害賠償を認めた。
 スナックなどの飲食店で「外国人お断り」の看板を掲げている店は多い。外国人の入居を断るアパートも後を絶たない。せっかく留学生を招いても、アパートさがしが困難では最初から印象が悪くなる。
 日本は95年に「人種差別撤廃条約」に加盟した。それからすでに7年たったにもかかわらず、人種差別を禁止する国内法はいまだに制定されていない。
 国連の人種差別撤廃委員会は昨年、条約に実効性を持たせるための特別法制定を日本に勧告した。政府は、早急に人種差別禁止法の制定に取り組むべきだ。
 この法律に罰則規定をつけるべきかどうかは、議論が分かれている。しかし入浴や入店を断られるたびに、外国人が裁判所の判断を求めなければならないという異常な状況は、これ以上放置できない。
 人種差別撤廃に向けた第一段階として罰則規定はともなわなくても、どういう行為が人種差別にあたるのかをきちんと法律で定めて、周知させることが必要だ。
 入浴や飲食では、人種や国情の違いからマナーが異なることはままある。
 だからといって受け入れを拒むのではなく、日本のマナーやルールをきちんと説明して理解してもらうことが必要だ。それでも言うことを聞かないならば、拒否ということもあるかもしれない。
 今回の訴訟の原告も「ルールに従うのは当然のことだ。私たちはルール以前の段階で差別を受けた」と話している。外国人にマナーを教える際には、NGO(非政府組織)の協力を得るのも一策だ。
 いろいろな人たちと一緒に風呂に入り、一緒に食事をして、一緒に働き、一緒に学ぶ。そういう当たり前の社会をつくっていきたい。日本社会の閉鎖性はもう過去のことにしようではないか。
 日本は1995年に国連の人種差別撤廃条約を批准したが、人種差別や国籍差別を禁じる国内法は2007年の現在も制定されていない。人種・民族・国籍を理由にアパートへの入居やホテルへの宿泊、入店を拒んだ場合の罰則を具体的に規定した法律がなく、刑事罰の対象にはならない。そのため、小樽市の温泉以外にも、ホテルや入浴施設が人種や国籍を理由に宿泊・利用を拒否する事件がおきている。とくにアパートや賃貸マンションへの入居をめぐってのトラブルは多い。一方、欧米諸国は1960年代から70年代にかけて人種差別撤廃条約を批准し、すでにこうした行為を禁じる国内法が制定されている。現在、先進国で人種差別や国籍差別を禁じる国内法がないのは日本だけである。この状況は日本社会の差別の問題への取り組みの遅れや鈍感さをあらわす一例といえる。上記の有道出人氏は、人種差別を禁じる法律・条例を日本でも制定するよう国連の人種差別撤廃委員会にはたらきかけている。


「外国人だから」と宿泊拒む 倉敷のビジネスホテル

朝日新聞 2007年05月17日06時53分

 岡山県倉敷市内のビジネスホテルで4月、広島市在住の中国人男性(45)が、外国人であることを理由に宿泊を拒否されていたことがわかった。旅館業法では、伝染病患者であることが明らかな場合や賭博などの違法行為をする恐れがある場合など以外は宿泊拒否は認められておらず、同市は男性に「不愉快な思いをさせた」と謝罪した。同市は市内の宿泊施設に外国人を理由に宿泊拒否をしないよう周知徹底を図る、としている。
 中国人男性は4月3日夜、最初に訪れた倉敷市内の別のホテルが満室だったため、ホテルの従業員が電話でこのビジネスホテルに空室があることを確認してくれた。しかし、従業員を通じて「外国人は泊めないと言われた」と伝えられた。
 男性がビジネスホテルを訪れて真意をただしたところ、フロントで支配人の男性(70)に「外国人は泊めないのが方針」と言われ、宿泊を拒否されたという。
 男性から話を聞いた知人が数日後、同市の外郭団体の倉敷観光コンベンションビューローに相談し、同市が事実関係を確認。市国際平和交流推進室が4月中旬、「国際観光都市として売り出している中、不愉快な思いをさせて申し訳ない」と電話で男性に謝罪した。
 同ビューローも加盟施設あてに5月7日付で指導の徹底を求める注意喚起の文書を送付した。
 日本で仕事をしている男性は日本語に不自由はなく、「日本人が同じことをされたらどう思うか。非常に心外だし改善してほしい」と憤っている。一方、宿泊を拒んだビジネスホテルの支配人は「外国人客は言葉などの面で対応しきれずお断りしている」と話し、今後も外国人の宿泊を断るという。