東京浮草家業


ひさしぶりに母親から電話がかかってくる。


「おまえどう思う、福島の原発チェルノブイリみたいになるかねえ」
「なるかもね」
「そうかねえ」
「うん、大爆発の可能性は小さそうだけど、放射性物質の流出量はもうチェルノブイリなみになってるんじゃないかな」
「いやだねえ」
「だって、核燃料を冷却するっていっても、放射性物質で汚染された排水を垂れ流してやってるんだよ、ふつうだったら考えられないよね、放射能汚染を垂れ流してでも冷却を続けなきゃならないくらい、原子炉の状態は深刻だってことだと思うよ」
「じゃあ、チェルノブイリみたいになったら、東京ももう住めなくなるかねえ」
「東京から逃げる?」
「むりだよ、ばあちゃんのこともあるし、動ける状態じゃないよ」
「まあ、原子炉の冷却を続けてるかぎりはチェルノブイリみたいなことになる可能性は小さいよ、それより現実的な問題は、垂れ流しの放射能汚染がこの先、何ヶ月も続くってことじゃないの」
「あれ、わざと垂れ流してるの?」
「そうだよ」
「なんで?」
「核燃料を冷やすために水を入れてるからだよ」
「なんでそれがあんなに漏れるの?」
「原子炉の底に穴が開いてるからだよ」
「掛け流しみたいになってるの?」
「そうそう」
「危ないじゃん」
「そうだよ危ないんだよ」
「ならはじめからそう言えよ」
「言ってるよ」
「あの作業してる人たち、ものすごく放射能浴びてるんでしょ」
「うん」
「あの人たち、ほとんど地元の人みたいじゃない、震災で家族も行方不明の人もいるとか新聞に書いてあったけど、本社の電力会社の連中はなにやってるのよ」
「なんだかやりきれないね」
「しわ寄せはいつも下へ行くのよ」
「本社の連中こそ現場へ行くべきなのにね」
「ダメよあんな連中、どうせ電柱にも登ったことないんだから、現場にいても足手まといなだけよ」
「本社からえらそうに命令だすだけ」
「ほんとあの会長も幹部連中もふんぞり返っていてムカツクわね」
「言葉づかいだけは慇懃なぶん余計にね」
「おまえ、野菜食べてる?」
「うん」
「政府はただちに被害はないなんてばっかり言ってるけど、あれ大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ」
「魚も野菜ももう安心して食べられないねえ」
「いまはまだ、魚も農産物も牛乳も風評被害ですんでるけど、そのうち実際の被害が出てくるはずだよ、だって放射能汚染はこの先も当分止まらないんだから」
「どうするよ、おまえ」
「どうにもならないよ、我々、年寄りや中年はべつにどうでもいいんだよ、放射能汚染の健康被害は、長い時間をかけてじわじわ出てくるものだから、年寄りや中年はそのころにはどうせ死んでるよ」
「そうだねえ」
「うん」
「私やばあちゃんみたいな年寄りは、ただでさえあっちこっち悪くなって、あとはもう死ぬだけなんだから、放射能にばっかり神経質になっても意味ないね」
「そうそう」
「まあ、こどもたちと我々年寄りとじゃ、放射能汚染の意味もぜんぜん違うか」
「うん、もしうちに小さい子がいたら、東京から避難すると思うよ」
「小さい子のいる家は大変だね」
「そうだね、小さな子には、基準値すれすれの食べ物なんか与えるべきじゃないと思うよ」
「小さい子のいるお母さんたちは、すごく神経質になってるわよ」
「なったほうがいいよ、政府の言ってる放射線の許容量なんて、あくまでおとなを基準にしてるんだし、そもそも、長期にわたって影響の出る食べ物をCTスキャン放射線量とくらべるなんて意味がないよ」
「そうね」
「若者たちもね」
「まあ、我々は原発事故も放射能汚染もある程度覚悟してやってくしかないかね」
「そうね、腹すえてやってくしかないよね」
「とりあえず店で売ってるものはあんまり神経質にならなくていいかね」
「年寄りはね」
「いい歳したじじいやばばあが我先に食料を買い占めてるのはみっともないしね」
「でも、年寄りたちのほうが健康志向が強いから、放射能に神経質になってるように見えるけど」
「死が近づくほど死にたくなくなるものなのよ」
「リアルだね」
「そうよリアルよ、ばあちゃんだって百まで生きたいって言ってたし」
「こまったね」
「こまったわよ、うちはみんな長生きなのよ」
「そりゃこまったね」
「そうよこまったわよ」
「なんか投げやりになってないか」
「なってるわよ、政府も電力会社も信用できないしさ」
「まあ、怒ってるなら大丈夫か」
「おまえこそ、隠居じじいみたいな物言いすんなよ」
「悪かったな」


こうして、原発事故の進行する中、我々根なし草の東京借りぐらしが続くのでした。To Be Continued