電力会社の広告の禁止 追記 


先日書いた「電力会社の広告の禁止」について、もし、電力会社からの広告によって、今回の原発報道がゆがめられているのだとしたら、広告費を受け取っていないメディアと比較しながら、具体的に記事や番組内容の問題点を指摘するべきだというコメントをいただいた。たしかにその分析は重要だし、マスメディアによる個々の報道を全否定してしまうのは合理的な判断とはいえない。また、番組出演者や記者の中にも原発に批判的な人たちは大勢いるだろう。しかし、マスメディアが巨額の広告費を電力会社から受け取り、自らの媒体を通じてさかんに原発推進のメッセージを発信していたことは、すでにジャーナリズムとして中立の立場から原発事故を報道していないことを意味している。それはひとつの報道機関としての社会的責任の問題であり、個々の記事や番組のあり方をどうこう言う以前の問題のはずだ。


そういう意味で、放送局や新聞社がまずやるべきことは、自らの媒体を通じて原発推進のメッセージを発信してきたことについて、どう責任を感じているのか、今後、電力会社からの広告をどう取り扱うのか、立場をあきらかにすることのはずである。原発事故をめぐっては、放送局も新聞社も自らの媒体で原発推進のメッセージを発信してきた以上、すでに中立の立場にはいないのだから、その釈明がなされないかぎり、いくら個々の記事や番組がすぐれた内容であっても、報道機関としての信頼は得られないはずである。


2004年、イラク戦争におけるアメリカの姿勢に手厳しい報道をくり返していたアルジャジーラに手を焼いたブッシュ政権は、アメリカ政府による全額出資のアラビア語ニュース専門チャンネル「アル・フーラ(自由な人々)」を開局させることにした。その中東向けニュースチャンネルで、ブッシュがいかに思いやりのある人物で、アメリカの中東政策がいかに人道的なものかを中東の人々に向けて発信し、あわよくばアルジャジーラからメディアの主導権を奪おうと画策したのである。悪い冗談のような話だが、実際に一億ドルの予算がつぎ込まれ、アル・フーラはヴァージニア州スプリングフィールドにある工業団地の中に設置された。工業団地内にあるスタジオには最新の設備がそろえられ、ヴァージニア州発、アラビア語による中東向け24時間放送の衛星チャンネルがスタートした。集められたアラブ人記者たちは、自分たちがブッシュ政権プロパガンダに利用されるのではないかと不安をいだきつつも、ジャーナリストとしてできるだけ良質なニュース番組をつくろうという意欲は高かった。しかし、アメリカ政府が全スポンサーになったニュースチャンネルなど、いったい誰が見るだろう。アル・フーラの視聴率は低迷し、中東の人々はアル・フーラを「チェイニー・チャンネル」と揶揄するようになった。もちろん、あの見るからに陰険そうな副大統領からとったあだ名である。番組スタッフの士気は低下し、やがて局内ではいざこざと派閥争いが頻発するようになった。政府はなんとかアル・フーラの中東での影響力を高めようと数度にわたってテコ入れを行い、さらに数億ドルが投入されたが、アル・フーラは現在にいたってもなお、視聴者不在のまま迷走をつづけている。


今回の原発事故の報道で、電力会社によるなんらかの圧力が働いているのか、外部の人間である私にはわからない。地方のテレビ局に勤めているというこちらの人のブログによると、営業と報道は別組織なので、番組にスポンサーからの圧力はありえないという。


ニセモノの良心 2011年4月12日「東京電力の広告費で別にマスコミは黙らない。」
http://soulwarden.exblog.jp/13363279/


一方、「ニュースステーション」で長年メインキャスターをつとめた久米宏は、当時、大手のスポンサーによる番組内容への圧力に苦慮したことをときどきラジオ番組で語っている。また、こちらの朝日ニュースターの動画では、大阪の毎日放送で、原発の危険性を訴える京大の研究者たちの活動を追ったドキュメンタリー番組を放送したところ、関西電力毎日放送からすべての番組提供を引き上げたというエピソードを青木理が語っている。
http://www.youtube.com/watch?v=uZZn4vq7m5M&sns=em


青木理の話に出てくるドキュメンタリー番組は、こちらに動画がアップされている。


なぜ警告を続けるのか〜京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち〜
http://video.google.com/videoplay?docid=2967840354475600719#


上記の人たちが語っていることはまったく正反対なので、ブログ氏か、久米宏青木理のどちらかがウソをついていることになる。さもなくば、ブログ氏がとてつもなくにぶい人で、まわりが見えていないだけということになる。たいていの放送局は大所帯なので、報道部門に関わりがなければ、スポンサーによる圧力など一度も経験がないという人もいるだろう。番組づくりの実態がどうなのか私には判断しかねるが、「パソコン批評」から「週刊金曜日」まで、いままで広告を廃した雑誌がいくつか創刊され、そうした雑誌に関わった編集者やライターたちが口をそろえて、広告主からの圧力がいかに強いかを語っているところを見ると、ブログ氏がとてつもなくにぶい人である可能性が高い。たしか、筑紫哲也も「週刊金曜日」の創刊号で、自分のやっているニュース番組がいかにスポンサーに気をつかって番組づくりをしているかをぼやいていたはずである。


もっとも、くり返しになるが、今回の原発報道で実際に電力会社から報道内容への圧力があったかどうかは、問題の本質ではない。放送局や新聞社が自らの媒体を通じて原発推進のメッセージを発信してきたことは、ジャーナリズムとしてすでに中立の立場にいないことを意味している。それは記事や番組の内容以前の問題である。アル・フーラが中東の人々から「チェイニー・チャンネル」と揶揄され、そっぽを向かれたように、電力会社から巨額の広告費を受け取り、原発推進のメッセージを連日発信してきたメディアが原発事故の報道をしたところで、いったい誰が信用するというのだろう。もしも、新聞の同じ紙面に、上半分には「原子力は地球に優しいクリーンエネルギー」の広告が、下半分には「福島第一原発、復旧のめど立たず、放射能汚染深刻化、事故評価レベル7へ」の見出しがならんでいたとする。たとえ下段に記されている記事がどれほど深い洞察と鋭い分析に満ちた内容であったとしても、その紙面は悪い冗談にすぎない。それは報道機関として破綻している様子をさらすものであり、記事の内容をどうこう言う以前の問題のはずだ。広告がたとえ一ヶ月前のものであってもそれは同じである。


→ Wikipedia「アル・フーラ」