アバクロンビー What's going on ?

アメリカに本社のあるアパレルメーカーに「アバクロンビー&フィッチ」というブランドがある。「ハリウッドスターも愛用している高級カジュアルブランド」というキャッチフレーズでかなり大規模にチェーン展開をしており、ちょうどGAPの高級路線といった感じである。もっとも、やたらと服の値段が高いので、「カジュアル」というには少々違和感もおぼえる。日本にも2009年に銀座店ができた際、けっこうマスメディアで話題になっていたので、名前を聞いたことのある人も多いのではないかと思う。近頃では「アバクロ」の略称で呼ばれているようで、ある程度お金があってファッションにうるさい人向けのブランドとして、日本でもそれなりに定着しつつあるらしい。


8年ほど前、アバクロンビーは従業員への人種差別で問題になったことがある。当時はまだ日本に店舗もなかったので、日本ではほとんど話題になることはなかったが、アメリカのメディアではけっこう大きく報道されていた。アバクロンビーの基本路線は「リッチでマッチョでパーティー好きの体育会系の若者」だそうで、購買層は私立の名門大学へ通っているような中産階級以上の白人の若者たちをメインターゲットにしている。なんせTシャツ1枚100ドルもするので、そういう社会階層の若者でないとちょっと手が出ないだろう。なのでイメージモデルも金髪で青い目の白人ばかり。ポスターやカタログのモデルたちはみな露出の多い姿で見事に割れた腹筋を披露している。モデルが白人ばかりというのは、差別的な美意識が支配するルックス至上主義のファッション業界ではべつにめずらしいことではないが、イメージ戦略を徹底するアバクロンビーでは、店舗での接客担当までルックスの良い白人の若者を優先的に採用して、アジア系・ヒスパニック・アフリカ系の従業員は倉庫の雑用係に回されているという内部告発まで出てきた。


では、本当にそうなのか実際に試してみようとアメリカのニュース番組が調査報道を行った。手法はいたって単純で、番組スタッフのアジア系とアフリカ系の青年に求職者のふりをさせてアバクロンビーの店舗へ行かせる。「アルバイトしたいんスけどぉー」。ふたり組がそう切り出すと、どの店舗でもマネージャーたちは示し合わせたかのように同じ対応をする。「いやあ接客業務のほうはちょうどいまさっき決まってしまってさぁ、ちょっと空きがないんだよ、倉庫作業のほうならまだ募集してるけどどうかな」。結局、ふたり組はことごとく断られてしまう。「じゃあ次はおまえ行ってみろ」と今度はすらっと背の高い白人青年の番組スタッフに同じ店舗を回らせてみる。するとマネージャーの反応は先ほどとはまったく違う。「いやあ君みたいな人材を探していたんだよ、ちょうどいま接客業務のほうに空きがあるんだ、君、採用、で、いつから出勤できるかな」といった調子で、彼はことごとく採用される。番組ではそのやり取りを隠しカメラで撮影し、放送していた。


アバクロンビーの従業員への人種差別は、CBSの「60 minutes」でも取りあげられた。モーリー・セイファーが元従業員たちにインタビュー取材を行いながら、各店舗のバックヤードでは大勢のフィリピン系やヒスパニックの従業員たちがお針子や雑用係として働いているにもかかわらず、彼女たちは接客業務からは退けられ、店内にはブロンドで青い目の「アメリカンビューティー」な演出ばかりがあふれている様子がレポートされる。こうしたイメージ戦略や美意識の問題は制度的な差別とちがってわかりにくいが、人々の意識により直接的に作用するので問題の根は深い。残念ながらその回の動画は見つからなかったが、ニュースレポートの概要は番組Webサイトで読むことができる。

The Look Of Abercrombie & Fitch
http://www.cbsnews.com/stories/2004/11/24/60minutes/main657604.shtml?tag=mncol;lst;4


アメリカの世論はこうした人種問題には敏感に反応する。黒人団体をはじめとしてアバクロンビーに対して抗議の声が上がり、やがて不買運動にも発展した。さらに、人種を理由に倉庫の雑用係に回されていたアジア系やヒスパニックの従業員たちが集団訴訟を起こし、アバクロンビー側は450万ドルの和解金を支払うとともに、今後、人種やルックスを基準にした従業員の採用・配置をあらためるとして謝罪することになった。「企業の社会的責任」という言葉を聞くと、私はいつもこの2004年の出来事を思い浮かべる。「60 minutes」のテレビレポートの中で、フィリピン系の女子学生がアバクロンビーでの屈辱的な体験を目に怒りをためて語っていた姿を思うと、たとえシャツのデザインがどれほど垢抜けていたとしても、あるいは半額セールをやっていたとしても、アバクロンビーで服を買ってみようという気はおきない。むしろ、アバクロンビーの服を得意げに着ている人物を見かけたら、そうした人種観や美意識を共有しているのではないかと警戒するだろう。


2009年に日本1号店として銀座にアバクロンビーが出店したとき、日本のマスメディアは「アメリカで大人気の高級カジュアルブランドが日本上陸」とずいぶん大きく取りあげた。店舗では、モデルふうのマッチョな「イケメン店員」が上半身裸で接客するという派手なパフォーマンスもあって、多くのメディアで開店時の賑わいぶりが紹介されていた。しかし、不思議なことに、賑わいぶりを浮かれた調子で伝えるレポートばかりで、従業員への人種差別問題についてはどのメディアもまったく言及していなかった。あの事件はアメリカで大きく報道されていたから、日本の報道関係者が知らなかったはずがない。開店のお祭りに水を差すのは無粋だと考えたのか、うかつなことを言って名誉毀損で訴えられたら面倒だと腰がひけたのか、それとも資金力のある外資系企業にはぜひスポンサーになってほしいと色目を使ったのかはわからないが、意図的に黙殺したんだと思う。


マッチョな美青年が大好きなブルース・ウェーバーによるアバクロンビーのポスター。アバクロンビー&フィッチ、カルバン・クラインラルフ・ローレンのイメージビジュアルは、いずれもゲイ・テイスト濃厚なブルース・ウェーバーによるモノクロ写真なので、私にはブランドロゴがないと三社の広告の区別がつかない。画像はAbercrombie & FitchのWebサイトより。


銀座店のマッチョなイケメン店員たち(画像はこちら↓のブログから拝借)
http://crowdwagon.com/blog/wagonr35/?p=9148


銀座店に入ると、このイケメンくんたちがジム通いでつくりあげた腹筋と剃り上げた下腹部を見せびらかしつつ、「What's going on ?(どーしたの?)」とやけに馴れ馴れしい調子で出迎えてくれるとのこと。アバクロンビーは人種やルックスを基準にした従業員の採用・配置をあらためるんじゃなかったの。銀座店の様子からは、フーターズ方式の接客でなにが悪いんだと開き直っているようにしか見えないんだけど。それともこれはイケメンとミスコンが大好きな日本市場に限定した「特別サービス」なんだろうか。なんだか彼らのジーンズのずり下がり具合は、パンツに万札を突っ込むとよりスペシャルなサービスをしてくれるお店みたいである。