あたい

自分のことを「あたい」という人物には二種類いる。桃井かおりと落語の与太郎である。ATG映画で桃井かおり演じるはすっぱな若い女が言う「あたいさあ〜」と落語の与太郎が言う「あたいはねっ」とではニュアンスがまるで異なる。もちろん私が親近感をおぼえるのは与太郎のほうで、与太郎と若旦那の間抜けな会話を聞いているととても他人とは思えないのである。


デジタルカメラは機械としてあるべき形から大きくはずれているように思う。35mmフィルムカメラの場合、横長の平たい直方体から垂直にレンズが出ている形状は、使いやすいからそうなっているのではなく、パトローネと呼ばれる金属ケースに入ったロールフィルムを内部に納め、横方向に巻き上げながら撮影していくためのものだ。同じようにムービーカメラは長尺のフィルムを縦方向に高速で巻き上げながら撮影していくので、形状も縦長になっている。それは自転車のふたつの車輪が縦にならんでいるのといっしょで、構造的な必然によるものである。デジタルカメラの場合、そうしたメカニズムによる制約がないにもかかわらず、フィルムカメラと同じ形をしている。平たい箱の四隅をつまむようにして持ち、それをわざわざ顔の前にかざして撮影する様子は、見るからに使いにくそうだ。「手持ちの液晶モニターを見ながら撮影する機材」としては、PSPや携帯電話に回転式のレンズがついているような形状が本来あるべき姿だと思う。現在、「デジタルカメラ」として売られているすべての商品は、私にはフィルムカメラを懐かしむためのレトログッズに見える。近いうちにすべて消えていくだろう。


ほとんどの場合、自分が言葉で考えていないことに気づいた。たいていの物事は視覚イメージや手触りや臭いで把握され、それらを幾何学的なイメージの中でパズルのピースとして組み合わせることで概念化される。たとえば、「そろそろバイクの冷却水を交換しなくてはいけないなあ」というのは、エンジン各部の形状と必要な道具と冷たい水の感触と固いボルトの手触りとを思い浮かべ、それらの要素をパズルのピースとして組み合わせることで「冷却水を交換する手順」として認識される。同様に、「はやく確定申告を済ませなくてはいけないなあ」というのも、確定申告の書類と税務署までの道順と窓口でやることを映像イメージで思い浮かべ、各要素をパズルのピースとして組み合わせることで「確定申告の手順」を把握するといった具合だ。話をしたり文章を書いたりするのは、私の場合、その映像イメージや手触りや臭いの記憶を幾何学的に組み合わせ、言語に翻訳する作業なので、けっこう時間がかかる。そういう意味で、いまこうして文章を書いているのは言葉で考えるためのトレーニングのようなものである。早口でまくしたてるように喋る人やあっという間に長文の文章を書き上げる人というのは、きっとふだんから言葉で物事を認識しているんだろう。コミュニケーションは楽そうだが、それが認識の手段として便利なのかどうかはわからない。言葉の網の目はけっして細かくはないので、そこからこぼれ落ちるものも多いのではないかと思う。


CBSの「60 minutes」でクレイグ・ヴェンターのインタビューをやっていた。ヒトゲノム解読や人工バクテリア製造でリーダー的役割をしていた生物学者だ。インタビューの中で彼は「私は視覚的なイメージでものごとを考えない」と話していた。常に抽象概念として物事を把握しているのだそうだ。映像を介さず抽象概念として物事を把握するというのはいったいどういうことなんだろう。彼がバイオテクノロジーについて語っている内容よりも、そのことのほうが気になった。


テレビやっていた宝塚の舞台中継を少しだけ見た。あいかわらずのオーバーアクションと大げさなセリフまわし。ほとんど歌舞伎かオペラだ。とても現代演劇とは思えない。もし自分が演出だったら、てめえら鏡を見ながら毎晩オナニーしてるだろなんてつかこうへいみたいに誰彼かまわず毒づきそうだ。あの特殊な様式がなぜ宝塚にかぎっていまだに受け入れられているのか私には不思議でならない。金髪たて巻きカールの登場人物たちが「あーらよろしくってよ、お手並み拝見ですわ」なんて奇妙な日本語をオーバーアクションで話している様子はまるっきりコントだ。なぜ芸人たちはあれをパロディーにしないんだろうか。あ、でも、つかこうへいの娘って、宝塚だっけ。


最近の洗濯機はたいてい全自動なので、人間がやることは汚れた服と洗剤を入れてボタンを押すだけである。私には「機械に洗ってもらってる」としか思えないのだが、このボタンを押すだけの行為を「自分で洗濯している」と言っていいんだろうか。掃除ロボットの起動ボタンを押すだけの行為を「自分で掃除している」と表現する人が出てくるのもそう遠くないことのように思う。


日本の国語教育と英語教育は文学偏重であるという批判が出て、十年くらい前から授業内容は大きく変わった。いまや英語のテキストにオー・ヘンリーの短編小説は登場せず、その代わりに工業用ロボットアームのマニュアルやES細胞の解説文が載っているらしい。現代文の言語表現という単元では、冷蔵庫や掃除機を生まれてから一度も見たことのない人に向けてそれらがどのようなものか800字で説明しろなんていう課題をだしたりするとのこと。実用的といえば実用的だが、どうせなら実際に冷蔵庫や掃除機を分解・組み立てさせたほうが内部構造も理解できていいんじゃないかと思う。そもそも、冷蔵庫がどういう原理で冷やしているのか、掃除機がどういう構造でほこりを吸い込んでいるのか、理解していない者にそれがどういうものかを説明させようというのも乱暴な話である。機械メーカーで設計をやってるような人間は、たいてい中学生や高校生の頃に親の自転車やパソコンを勝手に分解してしかられた経験があるはずだ。


ふと思い立って笹沢佐保の「木枯し紋次郎」をまとめて読んだ。当然ながら、原作にはテレビシリーズの高らかに歌い上げる主題歌も講談調のナレーションもなく、そのぶん紋次郎の寂寥感と刹那的な生き方が強調される。「あっしには明日なんてものはありやせん。今日が終わればただ次の日が来るだけのこって」「あっしの旅に目的なんてものはねえんですよ。無宿人の渡世に居場所なんてものはどこにもねえから、旅をつづけているだけでござんす」。だから、彼は誰もあてにしないし、誰にも期待しない。他者になにかを求めても裏切られるだけだからだ。そうやって彼は幼い頃から自らの腕だけを頼みにして生き抜いてきた。紋次郎が咥えた爪楊枝を笛のように鳴らす、かすれた物悲しい響きは、そんな彼の抱く寂寥感の象徴である。物語は天保の飢饉後の殺伐とした社会状況を背景に、人々の困窮と貪欲さがくり返し描かれる。紋次郎は人との関わりを常に避けているが、行く先々で彼を利用しようとする者たちに出会う。他者を出し抜いて生きようとする者にとって、彼のような腕の立つ流れ者は都合の良い捨て駒として映る。彼の出会う実直な行商人は盗賊の黒幕であり、母親思いの孝行息子は追いはぎであり、大店の貞淑な女房はやくざの情婦である。登場人物たちの見せるその二面性と冷酷さに読む側は驚かされるが、紋次郎は彼らの思惑を知っても顔色一つ変えない。幼い頃から人間とはそういうものだとくり返し思い知らされてきたからだ。それに浮草暮らしの中で生きるためにあがいているという点では彼らも紋次郎とかわらない。だから、彼らの企みが露見した後も、紋次郎は自らに降りかかった火の粉を払うだけで制裁を加えることもなく、物語の終わりでは決まって、その場から逃げるように爪楊枝のかすれた響きとともに峠道を去って行く。「木枯し紋次郎」はそんなエピソードが短編連作の形でつづられていく。

もっとも、シリーズが安定期に入る四五冊目あたりから、しだいに単調に感じるようになる。このあたりから物語は永劫回帰のパターンに入り、紋次郎のキャラクターが確立されるとともに彼は三十代前半のまま歳をとらなくなる。エピソードは主人公の前をただ通り過ぎていくだけになり、紋次郎に何の変化ももたらさない。やくざの抗争に巻き込まれて激しい斬り合いを繰り広げても次のエピソードでは傷一つ負わずに峠道を歩いているし、めずらしく彼が心を許した相手から手ひどく裏切られてもやはり次のエピソードでは何事もなかったかのように別の土地を旅している。雑誌に掲載された一本の読み切り短編としてはそれでもいいが、単行本として短編連作の形にまとめられると主人公になんの変化も起きないこの構成はしんどい。物語の入口と出口は違うところにあるべきだし、物語の事件を通して主人公の変化していく姿が提示されるべきなのだ。それをやめてしまったら、読者と主人公との体験の共有は失われ、物語は遊園地のアトラクションのように娯楽としてただ消費されていくだけになってしまう。というわけで只今八冊目で挫折中である。


小学生の頃、同じクラスだったよっちゃんの家へ遊びに行くとたいてい近所のこどもたちが誰か彼か遊びに来ていた。よっちゃんはみんなでいっしょに遊ぶ楽しみ方をよく知っていて、いつも鷹揚で誰に対しても意地悪なところがなかったので、自然とよっちゃんを中心にこどもたちは集まった。みんなよっちゃんといっしょに遊びたかったのだ。少しわがままで自分勝手な私はとくによっちゃんを独り占めしたがった。よっちゃんは運動や勉強が得意だったわけでもなく、リーダーとしてみんなを仕切っていたわけでもないが、よっちゃんは私のヒーローだった。そうして我々は雑木林に秘密基地を建設し、銀玉鉄砲で銃撃戦を繰り広げ、畑をはさんで互いにロケット花火を連射し合い、リモコン戦車のひっくり返しっこに興じた。サービス精神旺盛なよっちゃんは銀玉が命中するとぐええ〜と盛大に痛がって倒れた。中学へ入ってややこしいことを考えるようになった頃からしだいによっちゃんとは疎遠になり、ちがう高校へ進んだことでつきあいもなくなっていったが、30になったくらいの頃、よっちゃんが結婚したというので結婚祝いの手土産を持って新婚宅へ遊びに行ってみた。新婚のよっちゃんの家は古い木造の平屋で玄関も窓も開けっぴろげだった。「おう来たな」と通されたよっちゃんの部屋は、古いマックやらゲームディスクやらが散乱しており、なぜかそこには小学生くらいの男の子たち数人がいてバーチャファイターの対戦で盛り上がっていた。さらに新たなこどもたちが次々に窓から部屋をのぞき込んでは、「あっやってるやってる」と言いながら勝手に上がり込んできた。「親戚の子?」「ううん、近所の子、最近、勝手に上がってくるようになっちゃてねえ」。引っ越してきたばかりの頃、よっちゃんが自室でテレビゲームをしていたら、開けっ放しの窓からこどもたちがやりたそうな顔でのぞき込んでいたので、「やるか?」と声をかけて以来、近所の子たちが集まってくるようになったという。よっちゃんはあいかわらず鷹揚で、おもちゃ箱のような部屋はきっと居心地が良いんだろう。そんなゲーム会場を横目で見ながら、「いいんですかい、これで?」と新婚の奥さんに聞くと、彼女も「まあよっちゃんだからねえ」と笑っていた。うん、なんたってよっちゃんだもんね。よっちゃんはあいかわらずよっちゃんだった。


ときどき凧揚げがしたくなる。風をはらんで凧が空に舞い上がっていく様子を見ていると、あれは人間がつくりだしたものの中で最も美しい造形をしているように思えてくる。きっと新宮晋もそう思って風で動くオブジェをつくりはじめたはずだ。とくに好きなのはパラフォイルやスレッドカイトと呼ばれる骨組みのない凧で、内部に風をはらむことで気室をつくり構造体にする。それは一枚の布に風をはらませるという点でより純粋な形態ではないかと思う。骨組みがないので、パラフォイルが空に揚がっていく様子はクラゲやタコのような軟体動物が海を漂っている姿を連想させる。外国のカイト制作者がつくったものの中には、まるで宇宙船のような不思議な形をしているものもあって見ているだけで楽しい。糸をいっぱいまで出して、はるか上空で凧が風をはらんでいる様子を見ていると、自分の意識も空に吸い込まれていくような感覚を覚える。そうして風に流されながら地上を見下ろしているとき、自分も少しだけ風通しが良くなったような気がする。