MotoGP

CS放送で二輪のグランプリ・レースを中継していた。最近は「MotoGP」というらしい。出走前にピットのスタッフや選手の様子が映し出され、選手やレーシング・チームが紹介されていく。選手たちはみな若い。おどろくほど若い。彼らの多くはニキビ顔のティーンエイジャーたちである。小排気量のクラスだと中学生くらいにしか見えない子もいる。なにこれ、筑波サーキットのちびっ子大会じゃないよね。私は、自動車レースというと二輪でも四輪でも、スティーブ・マックイーンの映画のような、なにかと金をせびりに来る飲んだくれの父親との長年にわたる確執やら些細な行き違いで疎遠になってしまった弟のことやら別居中の妻との愛憎入り交じる関係といった心に刺さった棘に苛まれつつ、それでも自動車レースが好きでこの死と隣り合わせのスピードの世界にのめり込んでいる――そんな少し屈折した影のある中年男たちの世界だと思っていたので、ニキビ顔の少年たちが時速300kmで競い合っている光景はなにか異様なものに映った。


二輪でも四輪でもレーサーの低年齢化は世界的な傾向のようで、彼らの多くは四歳、五歳の頃からレーシング・スクールでポケバイやカートに乗って英才教育を受け、国内レースを勝ち抜いた子たちが十代なかばでプロ・レーサーとして世界選手権にデビューするというのが近年の一般的な道筋になっているらしい。よほど裕福でレース好きの親でなければ、四歳のこどもの習い事として自動車レースをやらせようとは考えないだろうから、二世レーサーが増えているのも最近の傾向である。昨年のMotoGPチャンピオンは十六歳で世界選手権にデビューし、MotoGPでの初タイトルは二十二歳。一昨年のMotoGPチャンピオンは十五歳で世界選手権にデビューし、十九歳で250ccの年間タイトルをとっている。たしかに「乗り物を上手に乗りこなす」という点で、中国雑伎団スタイルの英才教育は理にかなっている。小学生ならば数日もあれば器用に一輪車を乗りこなすようになるが、おとなではなかなかそうはいかない。レーシング・テクニックの習得も、こどもたちの場合、さぞや効率よく吸収していくだろう。そうしてグランプリ・レースが少し屈折した中年男たちによるスティーブ・マックイーン的世界だった時代は過去のものとなり、企業が巨額の開発費を投じてつくりあげたレーシング・マシーンにニキビ顔の少年たちが乗って競い合う状況ができあがっていった。ただし、それが死と隣り合わせの競技であることはいまも変わっておらず、二輪レースでは毎年のように若いレーサーが事故死している。


モーター・スポーツにかぎらず、スポーツ・シーンというのは、そこから物語性を取り除いたら、跳んだりはねたりしているだけの物理現象にすぎない。飛距離160mの大ホームランにしても、四回転ジャンプにしても、まあ色々抱えてるものがあるんだろうなという人間がやっているからこそ興味をひかれるわけで、そこに物語性を読み取れなければ、ロボットが圧縮空気を使って時速500kmの剛速球を発射するのを見ているのとかわらない。時速500kmの剛速球がうなりをあげて飛んでいく様子はさぞや迫力があるだろうし、その威力もすさまじいだろうけど、でも、そんな物理現象の観察は一回見れば十分でしょ。ロボットが120球完投勝利するのを最後まで見届けたりしないでしょ。もちろん、若いレーサーたちを「ロボット」だと言うつもりはない。ただ、物心つくかつかないかの頃からオートバイ・レースの英才教育を受け、そのままプロのレーサーになった少年たちに私はなんの物語も思い描けなかったので、結局、そのレース中継は派手な色に塗られたオートバイがただぐるぐる周回しているだけの奇妙で不気味な見世物にしか見えなかった。レース会場はイギリスのシルバーストーン・サーキットだったが、スタンドにレーサーと同世代のティーンエイジャーの姿はほとんど見当たらず、観客は40代50代くらいの男性ばかりだった。日本のオートバイ・レースでは、よく冗談でスタンドの平均年齢は毎年一歳ずつ上がっていると言われるが、オートバイの愛好家が年配の男性ばかりというのは世界的な傾向のようだ。彼らはニキビ顔の少年たちが死と隣り合わせの時速300kmの世界で競い合っている光景に、いったいどんな物語を思い描いていたんだろう。


レースの後、テレビのインタビューに、小排気量クラスにエントリーしているという日本人の男の子が登場した。ずいぶんインタビュー慣れしているようで受け答えは大人びていたが、やはり中学生くらいのようだった。学校はどうしてるんだろう。次のレースへの意気込みを聞かれて、彼は声変わりしたばかりのような声でこう話した。「オランダGPのアッセンは、まだテレビゲームでしか走ったことがないんだけど、がんばります」。


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