メルトダウン・イン・シムシティ

シムシティ」の原発はたまにメルトダウン事故をおこして大爆発する。発電所の周辺は放射能で汚染され、利用不可能な土地が残されることになる。もちろんゲームの世界のことなので、そんな場合はリセット一発ですべて解決。せっせと育てた「我が街」の真ん中に誰も住めない放射能汚染地帯を抱え込むのは、たいていのプレイヤーにとって愉快なことではないので、そのまま街づくりを継続する者はまあふつういないだろう。シムシティ原発は現実と同様に一基で大量の電力を確保でき、コスト効率にすぐれた設定になっている。たまにしかおきない原発事故はどんなに大規模な放射能汚染をもたらしても、リセット一発ですべて解決するので、あえて出費のかさむ火力・水力・風力の発電方式を選ぶ理由はまったくない。色々な意味でブラックなゲームである。シムシティは1980年代末につくられたアメリカ製の街づくりシミュレーターで、プレイヤーは「市長」となり、ゲームの世界に発電所や住宅街や商業地をつくっていく。一作目は1990年代初めにスーパーファミコンやPC98にも移植されたので、遊んだことのある人も多いのではないだろうか。


シムシティの世界では、住宅地が区画整理され、電気が引かれると、「シム」と呼ばれるゲーム世界の住人がどこからか移り住んでくる。シムたちが暮らしはじめると、彼らはオフィスや工場で働いたり、ショッピングモールで買い物をしたりして、ゲーム世界に経済活動が発生する。それが順調に回り始めるとしだいに街の規模は拡大していき、シムの人口も増加していく。ただし、人口増加は税収を増やすものの、それにともなう外部不経済もまねくことになる。交通渋滞が慢性化すればシムたちはぶつぶつ文句を言いながら会社に行かなくなってしまうし、工場やオフィスが不足すれば失業者が増加して公園にホームレスがあふれたりする。また、治安の悪化を放置すると街の中心部にスラム街を抱えることになる。プレイヤーが「市長」というのは名ばかりで、選挙もなく、発電方式の選択からショッピングモールの建設まで街の開発の全権を握った独裁者なのだが、その一方で、シムシティの世界も現実と同様に言論の自由と自由市場は確保されているのである。なにかにつけて文句の多いシムたちをなだめすかすため、プレイヤーはオフィス用地を区画整備したり高速道路を整備したりごみ処分場や警察署を配置したりしながらインフラ整備をすすめ、シムたちの最大多数の最大幸福を目指していくことになる。ゲームといっても戦ったり占領したりといった要素はなく、ちょうどレゴ・ブロックでミニチュアの街をつくっていくような感覚である。



日本の電力会社はシムシティメルトダウン事故がよほど気に入らなかったようで、1990年代半ば、独自に街づくりゲームを制作して対抗することにした。悪い冗談みたいな話だが、なんせシムシティは有名なゲームなので、世論に与える影響も大きいと判断したんだろう。こどもたちに「悪影響」が出ていると。いまもむかしも電力会社は原発のイメージ・コントロールには過剰なほど敏感に反応する。完成した電事連シムシティは、各地の電力館に配布され、そこで無料で遊べるようにされた。たしか希望者には、ゲームフロッピーの配布も行っていたと思う。当然のことながら、こちらの原発は絶対に事故をおこさない。さらに念の入ったことに、原子力以外の発電方式を選択するとしだいに電力供給が不足し、街の発展が必ず頭打ちになってしまってゲームオーバーというバッドエンドのシナリオまで組み込まれていた。この電事連シムシティについては、その後、世論操作だとクレームがついて社会問題化し、結局、電事連はゲームの公開を取りやめる事態になった。ちょうどもんじゅの爆発事故をめぐって映像の改ざんが問題になっていた時期だったので、1995年か96年のことだったと思う。その顛末を報じる新聞記事を読みながら、そこまでやるかねと思った記憶がある。


今年度も授業で原発の問題を取りあげたが、電力会社による世論操作の例として、この電事連シムシティのことを紹介した。生徒たちも爆笑していた。彼らもそこまでやるかと思ったようだ。その中でひとりの生徒がこう言いだした。「そこまでやるっていうのは電力会社自身も原発が危険だと認識してることの証拠じゃないでしょうか」。なかなか鋭い指摘である。「うん、原発に反対する人たちはそう思ってるよね。逆に電力会社や原発を推進する人たちは、世論の誤った認識をただすためにこういう宣伝活動に力を入れているというところなんだろう。いずれにしても、原発を今後どうするのかという重要な問題は、我々ひとりひとりが判断すべきことだから、電力会社はイメージ・コントロールのためにこんなゲームをつくってないで、情報公開をすすめて世論に判断材料を提供すべきだね」ともっともらしく返してみたが、世論操作もここまでくると喜劇である。たしかバックウォルドの風刺コラムにも似たような話があったはずである。きっと制作会議では、グルーチョ・マルクスみたいな宣伝部長が熱弁をふるったりしたんだろう。このいんちきシムシティの印象があまりにも強かったので、去年の九州電力によるテレビ討論会でのやらせ事件もさもありなんという感じだった。


授業の後でシムシティをやってみたいという声が数人からあがった。最近はPC版しか出ていないから、生徒の半数以上はシムシティを知らないようだった。現在、最新のPC版が制作中らしいので、発売されたらぜひ学校の予算で教材として購入してほしいところである。あと電事連版のいんちきシムシティも個人的興味、じゃなくって資料用として入手したいところです。(やったことある人いますか?)


シムシティ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3
アート・バックウォルド - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%89