Oliver's Army

ひと月くらい前から、どこかで聞いたことのあるメロディがときどきアタマの中に流れてくる。iTunesに登録してあるそれらしい曲を調べてみたら、エルビス・コステロの「オリバーの軍隊」のサビの箇所だった。アップテンポの陽気な歌で、高校生の頃、よく鼻歌で歌っていたおぼえがある。何十年もたって突然サビのフレーズがアタマの中に流れてくるっていうのはボケの前兆だろうか。彼のシングルで一番ヒットした曲で、コステロとアトラクションズがオースティン・パワーズみたいなものすごく悪趣味なジャケットを着て、どこかのビーチでパーティバンドのように演奏しているビデオ映像を見た記憶がある。高校生の頃は歌詞もわからないまま鼻歌を歌っていたが、いまはネットで調べればすぐに歌詞も出てくる。こんな歌詞である。

Elvis Costello "Oliver's Army" 1979


Don't start me talking
I could talk all night
My mind goes sleepwalking
While I'm putting the world to right


Called careers information
Have you got yourself an occupation?


Chorus:
Oliver's army is here to stay
Oliver's army are on their way
And I would rather be anywhere else
But here today


There was a checkpoint Charlie
He didn't crack a smile
But it's no laughing party
When you've been on the murder mile


Only takes one itchy trigger
One more widow, one less white nigger


(Chorus)


Hong Kong is up for grabs
London is full of Arabs
We could be in Palestine
Overrun by a Chinese line
With the boys from the Mersey and the Thames and the Tyne


But there's no danger
It's a professional career
Though it could be arranged
With just a word in Mr. Churchill's ear


If you're out of luck or out of work
We could send you to Johannesburg


(Chorus)


http://www.elviscostello.info/wiki/index.php/Oliver%27s_Army


なーにーこーれー。歌詞を読んでもさっぱり意味がとれないよ。そもそも「オリバーの軍隊」ってなにさ。再度ネットを検索すると、英語版ウィキペディアの解説文が見つかった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Oliver's_Army


ウィキペディアの解説によると、「オリバーの軍隊」はイギリス軍のことだという。近代イギリス陸軍が17世紀の清教徒革命時にオリバー・クロムウェルによって再編成された「ニューモデル・アーミー」に由来することから、歌の中で「オリバーの軍隊」の言い回しを用いているとのこと。クロムウェルアイルランド占領で行った大虐殺の歴史もふまえてそう呼んでいるんだろう。で、その後の大英帝国による植民地支配といまも世界各地でつづけられているイギリス軍の駐留について歌っているようである。そうしてあらためて歌詞を見ると、そこで描写されているのがイギリス軍に臨時雇いとして入った若者同士の会話であることがわかる。「俺たちが引き金をちょっと引くだけで、ホワイトニガーのアイルランド野郎がひとり減って、未亡人がひとり増えるのさ」「オリバーの軍隊、只今駐留中」「オリバーの軍隊、只今進軍中」「香港ではなんでもはやいもん勝ち、ロンドンはアラブ人でいっぱい」「俺たちはパレスチナにもいるし、中国の国境線も踏み越えている」「もしあんたが不運を嘆いていたり、仕事からあぶれたりしているのなら、俺たちが南アのヨハネスブルグまで送り届けてやるよ」。す、すごいね、この歌詞。英語版ウィキペディアには、この歌についてのコステロのコメントも紹介されている。

1978年にはじめて北アイルランドベルファストを訪れたとき、軍服を着て自動小銃武装している少年たちを見かけた。彼らはもう夕方のニュースの中だけの存在ではなくなった。その時のスナップショットから、世界中に展開している大英帝国軍とその傭兵たちのイメージが広がっていった。この歌は「彼らはいつも労働者階級の少年を使って人殺しをしている」という立場に立っている。それは誰の言葉かわからないが、真実をあらわしているように見える。私はこの歌についてのたくさんの下書きをロンドンに帰る飛行機の中で書いた。


歌の情景は、労働者階級の不良少年がイギリス軍の臨時雇いになり、同じ不良仲間の少年に話しかけている場面からはじまる。彼らは定職もなく、十分な教育もなく、イギリス社会の中で軍の臨時雇いになるくらいしか行き場がない。しかしその一方で、いまも尊大な大英帝国意識を抱いていて、彼らの社会への不満と暴力的な衝動は、政府やイギリス社会ではなく、自分たちよりもさらに弱い立場のアイリッシュや移民たちへ向けられる。アイルランド出身者を「ホワイト・ニガー」と呼んで蔑み、植民地出身の移民たちには奇妙な虫でも見るようなまなざしを向ける。そうすることで彼らの自尊心はかろうじて保たれている。そんな若者たちの日常会話を切りとりながら、彼らが同じような境遇の労働者地区出身の仲間といっしょに世界中の紛争地へ派遣されていく様子が歌われる。メロディはやたらと陽気だけど歌詞のほうはまるでシリアスな短編小説のようだ。イギリスの階級社会を「社会的分業」としてうまく機能してると主張するイギリス在住の日本人は多いが、そういう彼らが実際に自分のこどもたちを労働者地区の公立学校へ通わせているという話は聞いたことがない。こうした問題は、当人が社会階層のどのあたりに位置しているかによって見方がまったく違ってくるもので、階級社会を「社会的分業」と見なすまなざしは高みから俯瞰するものでしかない。彼らは自分のこどもが学校をドロップアウトして軍の臨時雇いになったとしても、それでもなお「社会的分業」と言うのだろうか。「Oliver's Army」で歌われている社会構造はいまもまったくいっしょで、イラクアフガニスタンに派遣されたアメリカ兵やイギリス兵のほとんどがやはり低所得層の若者たちだった。それにしてもこんな強烈な歌だったのね。こちらのブログによると、この歌、イギリスが戦争を始めると放送禁止になるとのことです。
http://d.hatena.ne.jp/Ry0TA/20070513/1179064926


いちおう訳してみました。

俺に話しかけるな
俺はひと晩中でもしゃべりつづける
俺の心は夢遊病のようだ
この世界をあるべき姿にするまで
軍の配属あっせん係に電話してみな
仕事をお探しですかと言われるはずだ


オリバー・クロムウェル卿の大英帝国軍、只今駐留中
オリバー・クロムウェル卿の大英帝国軍、只今進軍中
ここにいるくらいならどこでもいい
でも、今日はここにいるんだ


ベルリンの国境線のようなものものしい警備の国境検問所で
彼は笑顔もない
でも、そこには愉快なパーティなんかない
あんたが人殺しをしてる間はね
引き金をちょっと引くだけで
ホワイトニガーのアイルランド野郎がひとり減って、未亡人がひとり増えるのさ


香港ではなんでもはやいもん勝ち
ロンドンにはアラブ人があふれている
俺たちはパレスチナにもいるし
中国の国境線も踏み越えている
マージーやテムズやタインから来た(職にあぶれた労働者階級の)若い連中といっしょに


でも、危険はないんだ
それがプロの仕事だ
それがチャーチル氏の耳に入ったほんの一言によって準備されたものだとしてもね
もしあんたが不運を嘆いたり仕事からあぶれたりしていれば
俺たちが(南アフリカの)ヨハネスブルグに送り届けてやる


*訳注


軍の配属あっせん係  原文は「careers information」。ここでは一般的な職業あっせん所ではなく、前後の文脈から軍の採用・配属を手配する窓口と解釈しました。


ものものしい国境検問所  原文は「a checkpoint Charlie」。Checkpoint Charlieで、冷戦下のベルリンにあった国境検問所のこと。1965年の映画「寒い国から帰ったスパイ」でこのベルリンの国境検問所とチェックポイント・チャーリーの呼び名は広く知られるようになりました。ただし、ここではつぎにつづく北アイルランドの記述とのつながりから、「東西ベルリンの国境線のようにものものしい警備の北アイルランドにある検問所」と解釈しました。


ホワイトニガーのアイルランド野郎  原文は「white nigger」。手元の辞書によると、19世紀のジャガイモ飢饉で北アメリカに移住したアイリッシュたちは、土地を持たない小作人として働き、その貧しさから「white nigger」の蔑称で呼ばれてきたとのこと。かつて日本もそうだったように、地主・小作人制度はどこの国でも慢性的な貧困の温床になります。そうした歴史的経緯から、いまもアメリカ中西部のプアホワイトには、アイルランド移民の末裔が多いようです。「ホワイト・ニガー」という差別的なスラングは歌の語り手である不良少年たちがいかにも好みそうな言い回しで、このセリフによって、歌の語り手が社会の中でどういう立場におかれているのかが見えてきます。


マージーやテムズやタイン  原文は「the Mersey and the Thames and the Tyne」。いずれも海沿い川沿いにある工業地区。イギリスの刑事ドラマを見ていると、労働者階級の人たちの多いこうした地域では、職にあぶれた不良少年たちがパキスタン移民をリンチしたり、クルマを壊して備品をかっぱらったりしている場面がよく出てきます。同時にロックバンドを多く輩出している地域で、イギリスのロックが労働者階級の音楽だということにあらためて気づかされます。


チャーチル  原文は「Mr. Churchill」。いちおう第二次大戦の英雄ということになっていますが、彼は戦後最初の選挙で、対立政党である労働党を「ナチ党」「アカ」と呼び、労働党の選挙公約である社会保障の拡充を「ゲシュタポの弾圧政治」と全否定したことから世論の反発をまねいて大敗、首相の座を失います。貴族出身のチャーチルは、地下鉄に一度も乗ったことがなく、また、労働者階級の人間が靴磨きをしたり使用人になるのはかまわないが、彼らが権利を主張するのは許せないという社会観の持ち主だったことで知られています。そうしたことから、ここでは大英帝国を体現する貴族的政治家のシンボルとして登場します。


ヨハネスブルグ  原文はそのまま「Johannesburg」で南アフリカ共和国の首都。白人政権下でのアパルトヘイトは有名ですが、当時、黒人たちの反乱を押さえ込むために軍事的制圧や黒人指導者の暗殺がくり返されていました。南アへ行けばいくらでもそういうヤバイ仕事にありつけるから、もし仕事にあぶれてロンドンの路地裏でくすぶってるなら、俺たちが南アまで連れてってやるよという意味の歌詞です。2004年には、サイモン・マンという元イギリス軍傭兵が赤道ギニアのクーデターを企てたことで逮捕される事件もありました。サイモン・マンは上流階級の出身で傭兵たちを動かす側の人間でしたが、イギリスの旧植民地でいまも兵隊やくざみたいな民間軍事会社が暗躍していることを印象づける事件でした。その後、マーガレット・サッチャーのどら息子として有名なマーク・サッチャーが手を回して、このサイモン・マンは保釈されたとのこと。歌が作られて30年、世の中ぜんぜん変わってないじゃん。

英雄気取りで首を突っ込みすべてをぶち壊しにするどら息子──マーク・サッチャー(卿) | GQ JAPAN


こうした社会状況への怒りとやるせなさを込めた歌詞がやたらと陽気なメロディに乗せられ、かつ、パーティバンドふうのラメラメの衣装で演奏される。なんだろう、この屈折した様子は。「リア王」の道化がこの世界は喜劇と悲劇が隣り合わせで回っていると落ちぶれたリア王を嘲っている場面を連想する。プロテストソングではなく、あくまで「ある人物のある情景」を切りとったパーソナルな物語として提示しかったということなんだろうか。エルビス・コステロはこういう曲調と歌われている事柄とが一致しない歌が多い気がします。下にあげた2005年のグラストンベリーの屋外ライブで、観客たちがみなこの曲でノリノリになって踊っている様子を見ながら、「ロックっていうのは悲しい出来事を陽気に歌う音楽なんだよ」というボビー・アン・メイソンの小説にでてくる会話を思い出しました。それにしてもこの歌詞でよく踊れるよなあ。もしかしてイギリス人の聴衆も歌詞の意味を理解していないんじゃないでしょうか。


では、曲もどうぞ。映像は1979年にイギリスのテレビ番組に出演した際のもの。口パク。当時20代半ばのコステロくんは、歌の中の不良少年になりきってるのかなんなのか、やけに態度が悪いです。



ほか最近のライブから

2012ダーラム
http://www.youtube.com/watch?v=zBOwl8wpJrU&feature=related
2012ダブリン
http://www.youtube.com/watch?v=z-_UU-7kUdw&feature=related
2011NYC
http://www.youtube.com/watch?v=plArE1AONZo&feature=related
2011アムステルダム
http://www.youtube.com/watch?v=5sulD8AtG9c&feature=related
2005グラストンベリー 
http://www.youtube.com/watch?v=zNMCWGCAIME


ちなみにオリバー・クロムウェルの歴史イベントは、いまも毎年夏に「Oliver's Army」という名前で行われているようで、ロンドン在住の方がこちらのブログでその様子を紹介しています。歴史マニアのおじさんたちが古い軍服を着て、国王軍と議会軍とに別れて戦争ごっこをするイベントのようです。イギリス人、こういうの好きね。山梨の信玄公祭りみたいなもんでしょうか。
http://plaza.rakuten.co.jp/londonhenshoku/diary/200911100000/