次弾、装填完了です!

 半年ほど前、夜中にテレビをつけるとセーラー服姿の女の子たちがドイツの四号戦車に乗って戦車戦をしているアニメをやっていた。


「次の一発で決めます、丘の上から狙えますか?」
「稜線射撃は敵の標的になるから、ファイアフライが次を撃ってくるまでの間が勝負です、華さん、お願いします」
「次弾、装填完了です!」


 って、なにこれ、いったいなにがあちら側でおきているの。どうやら劇中の世界では、古い戦車に乗って模擬戦をすることが女性の武道として成り立っていて、甲子園の高校野球大会のように高校生たちの戦車戦大会が行われているということになっているらしい。戦車には通常装甲の内側にさらに特殊装甲が施されていて、乗員の安全性を確保しながら実弾を使った模擬戦を可能にしているという設定で、そんなスポーツとしての戦車戦が草野球の試合のように日常的に行われている不思議世界。きっと街道沿いの中古車ディーラーには、軍の放出品のシャーマンやT34が「試乗歓迎」ののぼりとともにずらっとならんでいたりするんだろう。物語は主人公の女の子が転校先の学校で親しくなった仲間たちと仲良し五人組のチームを作り、戦車初心者の彼女たちを率いて高校生の全国大会を勝ち上がっていく。その荒唐無稽なストーリーに反して、CGで組まれた戦車の描写はやたらと力が入っていて、加速時には車体前部が上がり、減速時には前が下がるのはもちろん、射撃の際には衝撃で車体が揺れ、路面の起伏にあわせて転輪が上下し、フロントドライブの車両については加速時にちゃんとキャタピラ上部のたるみが張るのである。おまけに手動式の旋回砲塔の場合、砲手の女の子がせっせとハンドルを回しながら砲塔を旋回させ照準を定めている様子まで描かれている。そんなつくり手である戦車マニアのおじさんたちの夢と希望とオタク魂がてんこもり詰まったワンダーランド。そこでは、軍隊につきもののビンタやしごきや命令絶対の上下関係といった体育会系カルチャーのほうは完全に排除されていて、兵器や銃器や軍服が三度の飯よりも好き、でも、実際に鬼軍曹みたいな上司や教師にしごかれて軍隊式ビンタで根性注入されるのは絶対に嫌っていう少々ややこしい葛藤を抱えた軍事オタクのみなさんも安心して楽しめるようになっている。ずいぶん親切設計のテーマパークである。劇中で女の子たちがきゃっきゃしながら戦車に乗っている様子は子犬がじゃれてるみたいだ。でも、こんなの誰が見てるんだろう、夜中にさあ。


 と思っていたら、なぜか評判がよかったらしく、続編の映画版がつくられることになったという。ますますもって誰が見ているのか不思議な作品である。もっとも、こういう話が映画化されること自体が荒唐無稽なコメディのようでなんだか可笑しい。スケールモデルを取り巻く状況は、この40年間ですっかり様変わりした。小学生の男の子たちがこぞってタミヤのタイガー戦車やハセガワの零戦をつくっていたのは遠い昔のことになり、いまやごくひとにぎりの熱心な愛好家たちによる一見さんお断りの業界になっている。私自身にしても、クルマやバイクのプラモデルをつくるのなら、手間はかかっても、ポンコツ実車を手に入れてレストアするほうを選ぶ。まあ、四号戦車は無理だけど。そういう意味でこの戦車アニメ、完全に特定の視聴者をピンポイントに狙った閉じた小宇宙のはずなんだけど、作り手の情熱がその一点で突き抜けているだけにかえって戦車マニア以外にも訴求力があったりするんだろうか。15年前、戦車模型専門の雑誌が創刊されたのを本屋で見かけた時もいったい誰が読むんだろうと自分の目を疑ったが、あれ以来の衝撃である。その専門誌は出版不況にもかかわらず、驚いたことに15年後の現在も発行をつづけており、先ほどアマゾンで確認したところ今月号の特集はこのアニメ。ああやっぱり小さな世界である。なにはともあれ、うるさそうな諸兄のそろっているミリタリーモデルの愛好家たちにも受け入れられているようでなによりです。こどもの頃、将来は宇宙海賊船かタイガー戦車になろう(乗ろうではない)と思っていた現在小学40年生の私としては、その閉じた小宇宙はずっと気になっているんだけど、深入りすると大事なものを色々と失いそうに思えてどうにか踏みとどまっている(と思う、たぶん)。


 去年、職場で話題になった入試問題がある。「これ、どう思いますか?」と入試問題の分析をしている世界史担当の人からわたされたのは、慶応の法学部の入試問題。1970年代末の兵器の輸出入から国名を答える問題で、表には兵器の名前が英語表記でずらっと並んでいる。
「なんですか、これ」
「うん、今年、一番へんな現代史の問題」
 と、そのセンセー、こちらを見てニヤニヤ笑っている。

(ネット上でもそれなりに話題になったみたいで、問題の画像もありました。世の中には受験産業の関係者でもないのに、毎年、大学の入試問題を解いてる人っているんですね。画像はそんな物好きな人のツイートから拝借。http://twitpic.com/c21g53


「んー……、アはアルゼンチンとイラクに武器輸出している国で、それぞれミラージュ戦闘機を輸出……ミラージュってフランスの戦闘機でしたっけ」
「そうそう」
「えーっと、ミラージュが三菱の小型車じゃなくてフランスの戦闘機だっていうのは、高校生にもわかる範囲の知識なんでしょうか?」
「まあ、武器輸出の外交関係から国を判断することもいちおう可能という設問にはなっているけどねえ」
「うーん、1977年にアルゼンチンとイラクにもっとも武器輸出をしていたっていうヒントだけでフランスだと特定するのは、外交の専門家でも不可能じゃないでしょうか、兵器の名前から生産国がわからないと特定することはできないと思いますよ、逆にミラージュがフランスの戦闘機だって知っていれば、一発で解ける問題ですけど」
「やっぱりそうだよねえ」
「で、イはインドとイラクに二番目に武器輸出している国で、T72戦車とカシン級駆逐艦、あと、ミグ戦闘機……これはソ連ですね」
「うん」
「ウはパキスタンに武器輸出している国で、ハイナン級FPB……名前からして中国の軍艦ですかねえ、FPBってなんだろ」
「さあ、小型の哨戒艇かなんかでしょうか、パキスタン、大型艦を買うほどお金ないだろうし」
「で、エはアルゼンチン・イラン・パキスタン・フィリピンに武器輸出している国で、ベル212ヘリコプターとCH47ヘリコプター、これ、ベトナム戦争で使われたアメリカの軍用ヘリでしたっけ」
「さあ、さっぱりわかりません、あははは」
「あとはマーク46トーピードーズ……魚雷でしたっけ、魚雷40発とF8戦闘機、まあ、アメリカでしょうねえ、79年のイラン革命前だがら、イランにも武器輸出してたんですね」
「うん、パーレビは実質アメリカの傀儡だったからね」
「で、オがインドとイランに輸出している国で、シーキング・ヘリコプターとシーハリアー戦闘機、ハリアーは小学生のころプラモデルをつくりましたよ、これはイギリスです」
「おっ、ぜんぶ解けたじゃない、ぼくはミラージュがフランスでミグがソ連の戦闘機ってことしかわからなかったよ、あははは」
「まあ、冷戦をリアルタイムで経験してきた世代にとっては、ミグやミラージュは当時ずいぶんニュースにもなったし、それがソ連やフランスの戦闘機だっていうのも常識の範囲内だと思いますけど、そういう知識を高校生に要求するのは無茶な話だし、こういうのって現代史の授業でもやるんですか?」
「やるわけないじゃない、兵器の名前なんて」
「これ、防衛問題が専門の人が出題したんでしょうかねえ」
「さあ、趣味だと思いますよ、自分の専門分野をこんなオタク・クイズみたいなかたちで出題するとは考えにくいし」
「大学のセンセー、ずいぶんフリーダムですね」
「ねえ、慶応の法学部が軍事オタクの若者を採りたがってるとしか思えないよね」


 そういえば慶応といえば、以前教えていた生徒が学校説明会へ行った時のこと、説明会で大学関係者が「私たちは勝ち組になる若者を育てています」「私たちといっしょに勝ち組になりましょう」と言いだしたという。ちょうど小泉構造改革が本格化し、「勝ち組・負け組」が流行語になっていた頃のことである。さらに「さあ、みなさんもご一緒に」と会場には入学希望者とその親たちによる「勝ち組になるぞぉ!」の連呼が響きわたったとのこと。竹中平蔵の教えが学内に行きとどいているんだろう。まるでインチキ投資会社の出資者セミナーである。彼らが「勝ち組になるぞぉ!」を連呼している間抜けな情景を思い浮かべていたら、笑いが止まらなくなってしまった。腹を抱えてげらげら笑っていると、「でも、うちのお母さん、全共闘世代でそういうの大嫌いだから、もう、かんかんに怒っちゃって、途中でイス蹴っ飛ばして出てきちゃって大変でした、おまえ、あんな大学、ぜぇーったいに行くな、もし、おまえが学問を金儲けの手段としか思っていないようなあんなろくでもないところへ行きたいっていうなら、今後いっさい親子の縁を切る、受験料も学費もぜぇーったいに出さないってもうすごい剣幕で、だから、慶応は受験できなかったんです、ってもうそんなに笑わないでくださいよ、うちでは大騒動だったんですよ」と彼女は続けた。「で、その勝ち組大学、行きたかったの?」と笑いをこらえつつ尋ねると、「うーん、ちょっと」と彼女も苦笑していた。以来、慶応のことは「勝ち組大学(笑)」と呼んでいる。