女性を対象にしたクオータ制の導入

 以前つくったクオータ制をめぐる資料をもとに会話文を書き足して、女性の採用を対象にしたクオータ制の導入について、高校生向けの課題を作成した。課題は次の通り。

 

女性を対象にしたクオータ制の導入

 

 社会的に弱い立場におかれてきた人たちへの支援を「アファーマティブ・アクションポジティブ・アクション)」といいます。このアファーマティブ・アクションで、しばしば議論の的(まと)になるのは、入学試験や就職試験で採用枠の一部をあらかじめマイノリティ(社会的弱者)に割り当てる「クオータ制」です。日本では、企業や公務員の採用で女性の割合を30%以上にすることを義務づけるクオータ制の導入を求める声が女性たちを中心にあがっており、検討されています。
 あなたは、日本で、国や自治体や企業が女性を30%以上採用することを義務づけるクオータ制の導入を支持しますか。クオータ制について議論している次の会話文を読み、あなたの考えをなぜそう考えるのか理由を示しながら、述べなさい。

 

A「マイノリティ支援の中でも、クオータ制はあらかじめ社会的弱者に採用枠の一部を割り当てるというやり方だから、かなり乱暴だよね。大学入試でクオータ制を導入しているアメリカでは、入試の点数が低くても、マイノリティということで優遇(ゆうぐう)されて合格する学生も出てくる。これについては、白人の学生から、人種を基準にして黒人やヒスパニックを優遇する合格枠を設定するのは不公平だと不満の声があがっていて、過去に何度も裁判になっているよ。」

 

B「インドでも国立大学や公務員の採用で10%程度、低位カーストの人たちを優先的に採用する枠を設定しているけど、やはり、上位カーストの人たちからは、逆差別だって不満が出ているね。インドでは、このクオータ制をめぐって、不満をいだいた上位カーストの人たちによる暴動までおきているよ。」

 

C「日本では、すでに1960年代から障害のある人たちの社会参加を実現するために、国や自治体や企業は、障害のある人たちを雇用することが法律で定められているね。障害のある人たちの場合、競争原理だけでは、どうしても不利な立場におかれてしまうからね。現在では、国や自治体は2.5%以上、従業員が100人以上いる企業は2.2%以上、障害のある人たちを雇用することが義務づけられている。これも広い意味でクオータ制といえるよ。この障害のある人たちの採用枠については、きちんと守られていないケースも多いけど、おおむね日本で受け入れられているように見えるよ。」

 

D「人生のスタートラインは人それぞれ違っているからね。恵まれた家庭環境に育つ人もいれば、そうでない人もいるし、障害を持って生まれた人もいる。そうした生育環境の格差を一切補正せずに、結果の点数だけで合否を判断するのは、ジョン・ロールズも指摘しているようにフェアな社会のあり方とはいえないよ。もちろん、公正な機会均等(きかいきんとう)が完全に実現していて、格差も差別もない社会なら、クオータ制なんて必要ないけど、人間の歴史でそんな社会が実現したことなんてないからね。」

 

E「こどもの学力と親の社会的地位や収入は、比例する傾向にあるから、なんらかのマイノリティ支援がないと、名門大学の学生は裕福な家庭の子ばかりという状況になってしまうよ。実際、日本でも、すでにそういう状況になっていて、東大生の親の平均年収が1000万円を超えていることや学費の高い私立医大の場合、学生の半数以上が親も医師であることがしばしば指摘されている。こういう状況が続くと日本もしだいに階級社会になってしまうだろう。すこし前に「親ガチャ」っていう言葉が流行ったけど、どういう家庭に生まれたかによって、こどもの将来の社会的地位や職業が決まってしまうのは、けっしてフェアな社会とはいえないよ。貧困家庭に育ったこどもたちや差別される立場のこどもたちが高等教育を受けられるようにするためには、多少乱暴でも、大学入試のクオータ制は有効だと思うよ。」

 

F「クオータ制がより有効なのは、面接が重視される就職試験のケースだね。面接試験の場合、重要なのは「印象」であって、学力テストのように結果が点数化されるわけではない。だから、就職の面接で、女性やマイノリティをすべて不採用にしてしまっても、今回はたまたま男性の応募者に優秀な人材が多かっただけで差別的な意図はないと言われれば、外部の者には実態がわからないからね。」

 

G「クオータ制への批判に、純粋に能力だけで競争すべきで、マイノリティの特別枠を設けるのは、公正な能力競争を阻害(そがい)するものだという意見がある。でも、女性だからとか、移民のこどもだからとか、あるいは、親が失業中だったり離婚していたりといった理由で採用試験でふるい落としてしまう状況は、そもそもフェアな能力競争が行われていないわけだよね。クオータ制の導入は、こうした差別的なふるい落としをふせいで、それまで競争に参加させてもらえなかった人たちが同じスタートラインに立てるようにするためのものだから、けっしてフェアな競争を否定するものではないはずだよ。」

 

H「たしかに応募書類に親の勤務先や役職まで書かせる日本の慣習は、フェアな競争とはいえないね。もし、親が財務省や日銀の幹部職員なら、履歴書(りれきしょ)に記入するだけで銀行や証券会社の就職は圧倒的に有利になるだろうけど、それは実質的にコネ採用とかわらない。だから、アメリカのように、履歴書への記入は、本人の学歴と職歴だけにして、本人の業績とは関係のない、親の職業や家族構成や年齢・性別は、一切問うべきではないと思うよ。」

 

I「日本では、女性の自立を支援する団体から、企業や公務員の採用で女性を対象にしたクオータ制導入を求める声がずいぶん前から出ているね。日本の場合、いまだに女性社員を敬遠する企業があるから、採用試験で女子学生のほうが不利になりやすい。2018年に日本の多くの医学部で女子受験生の点数を減点していたことが発覚して大きな社会問題になったけど、やはりその背景には、女性医師を敬遠する医療現場の問題があった。女の医者は長時間労働を嫌がるから使い物にならない、女子の合格者を2割程度におさえてほしいっていう医療現場からの要望を受けて、女子の点数を減点していたんだよね。」

 

J「そうだね。そうした女性差別をふせぐためには、企業や公務員の採用試験であらかじめ女性を3割以上採用する枠を設けるクオータ制の導入は有効だね。この3割っていう数字は、ひとつの目安になるもので、職場に3割以上女性がいれば、女性は職場で「例外的存在」でも「少数派」でもなくなって、当たり前の存在として受け入れられるようになっていくって言われている。欧米諸国で女性を3割以上採用するクオータ制を導入している国が多いのもそのためだよ。そういう意味で、日本でも女性を3割以上雇用することを義務づけるクオータ制の導入は、職場の男女比率を半々に近づける大きな一歩になるはずだよ。」

 

K「でも、消防隊員や警察官や自衛官のような体力が求められる職種にまで、女性を3割以上採用するよう義務づけるのは無理があるんじゃないかな。それに、ヨーロッパ諸国では、国会議員についても女性議員の割合を30%以上にするクオータ制が導入されている国が多いけど、これもやりすぎだと思うよ。選挙は有権者の判断にゆだねるのが民主主義の基本だよ。」

 

L「とは言っても、日本の国会における女性議員の割合は、20%程度にとどまっていて、先進国中最低だよ。これはもちろん日本の女性の能力が低いからではなく、女性を低く見てきた日本の社会的要因によるものだよね。そもそも、日本における女性の参政権は、戦後のGHQによる民主化によってようやく実現したわけだから、問題の根は深い。いまでも年輩(ねんぱい)の男性の中には、「女に政治は無理だ」っていう発言をする人もいる。こうした社会状況を打開(だかい)するためには、女性議員を30%以上にする国政選挙のクオータ制導入も検討する価値があると思うよ。」