苺でマウントをとる

 その人は苺が果物ではないという。そんなことも知らないのかという強い調子で、農水省の分類では樹木の実が「果実」で草本が「野菜」と区分されているのだから、草本である苺は野菜なのだという。いえ、それはあくまで役所の「便宜的な区分」であって、日本語として正しいというわけではないですよ、日本語の「くだもの」は「甘くて瑞々しい植物の実」を意味することが多いので、苺や西瓜を「野菜」、胡桃やアーモンドやどんぐりを「果物」と区分するのは、日本語としてはかなり違和感がありますね、なので農水省界隈の業界用語くらいに受けとめておくのがいいんじゃないでしょうかと返したところ、その人は釈然としない顔をしていた。言葉は役所が定義するものではなく、人々の間でどう使われているかによって決まっていくものですからね、国語辞典にしても正しい日本語を定義しているわけではなく、この言葉はこういうふうに使われていますって紹介しているわけですよねと続けたところ、つまらなそうにまあそうですねとあいづちをうっていた。どうやらその人は私と日本語談義がしたかったわけではなく、言葉の誤用を指摘してやり込めたかっただけのようだ。ああ、これが会話でマウントをとるってやつか。いい歳してめんどくせえなあ。

 

 ちなみに昆虫の愛好家や研究者、防虫業界関係者等の「虫屋」の界隈では、虫を「頭(とう)」で数える慣習がある。とくに蝶の専門家はその傾向が強い。由来は諸説あってはっきりしないが、明治・大正の昆虫学黎明期の頃からつづいている慣習らしい。なので、グループで調査・採集をしている際に、虫を「いっぴきにひき……」と数える者がいたら、周囲からシロウトと見なされ、少し軽くあつかわれることになる。ただし、それは愛好家同士の内輪の符丁のようなものにすぎず、昆虫の正式な数え方というわけではない。多少常識のある虫屋ならば、蚤のような小さな生き物を「いっとうにとう……」と数え、その宿主である犬猫のほうを「いっぴきにひき……」と数えることには、これ日本語としてどうなのと違和感をおぼえるだろう。あくまで虫屋の内輪の慣習として、虫を数える際に「頭」を用いることが多いというだけなので、このクイズ番組のように、蝶の正式な数え方は一頭二頭が正解ですと言い切ってしまうのかなり問題があるように思う。こどもの学習ドリルじゃないんだからさ、なんにでも正解があるってわけじゃないよ。

蝶を数えるときの正式な単位は? テレビ静岡

 

 以前、「です・ます」の丁寧表現について、身分の上下に由来する尊敬表現や謙譲表現とは分けて考えるべきで、丁寧表現を敬語に括るのは違和感をおぼえるという話をしていたところ、相手は文科省の敬語の分類を持ち出し、敬語は丁寧語・尊敬語・謙譲語の三つから成り立っているんだから、その主張はそもそも前提から間違っているとやはり妙に勝ち誇った調子で言われたことがある。そういう話をしてるんじゃないんだけどなあ。敬語の分類くらい知ってるよ。役所の便宜的な区分をあたかも宇宙の法則であるかのように思い込んでいる人はあちらこちらにいるらしい。どうも私はこの手の人たちから嫌われることが多い気がします。