流しっぱなしのラジオ

 NHKラジオの音楽番組は変だ。私は家にいるとき、たいていラジオを流しっぱなしにしているのだが、NHKを流しているともやもやした気分にさせられることが多い。月曜から金曜まで夜9時過ぎにFMで帯番組として放送している「ミュージックライン」では、南波志帆(なんばしほ)という若い歌手が番組進行役になり、やはり若い歌手やミュージシャンたちをゲストに招いて、ゲストの新曲を流しながら、おしゃべりをしている。もう10年くらい続いている番組にもかかわらず、番組内でライブ演奏やセッションをしているのは一度も聞いたことがない。「犬派か猫派か」とか「好きなハンバーグの食べ方は」といった中身のないゆるい会話が毎回約1時間にわたってつづく。彼らはどうしてスタジオライブもセッションもしないんだろう。プロのミュージシャンたちじゃないの。もちろん、音楽に造詣の深い人たちが過去の名盤をかけながら、楽曲を解説したり、当時の状況を話す音楽番組には意義があるし、ピーター・バラカンが土曜の朝にやっている番組や大友良英が土曜の深夜にやっている番組は楽しみにしている。しかし、「ミュージックライン」の場合、ミュージシャンがミュージシャンを招いて番組を作っているのに、いっさいその場でライブ演奏もしなければ、ゲストと一緒にセッションもしないのでは、音楽番組としての存在意義がないように思う。番組に出演する若いミュージシャンたちは、番組進行役の南波志帆も含めて、自らを「アーティスト」と称している。もしかして、「アーティスト」って「音楽でなにかを表現したい人」ではなく、「音楽のできない人」なんだろうか。そもそも、歌を歌っていれば「歌手」で、ピアノを弾いていれば「ピアニスト」なのは「事実」だが、それらの行為を「アート」と見なすのは「評価」である。その価値判断は聞く側がすべきものであって、自分から「アーティスト」と称するのは、映画の寅さんじゃないけど、それをいっちゃあおしめえよって感じである。ラジオを流しっぱなしにしているため、つい自称アーティストたちの中身のないダベリをだらだらと聞いてしまうことも多いが、近頃は、南波志帆が妙に作った声で毎回一字一句同じ言葉を発するのが聞こえてくると、意識してラジオを消すようにしている。

 

 土曜の昼に放送(再放送)している「望海風斗のサウンドイマジン」も歌わない。望海風斗(のぞみふうと)は宝塚出身の舞台俳優で、いまもミュージカルを中心に活動している人なので、南波志帆よりもずっと歌えるんじゃないかと思うんだけど、毎回、俳優としての心構えのような妙に説教臭い話とゲストを相手に互いにほめ合うくすぐったい会話が展開されるばかりでなぜか歌わない。番組がスタートして約半年、ずっとそんな調子である。なにやってんだろう、NHK。番組ゲストに呼ばれる人たちもたいてい宝塚出身者かミュージカル俳優なので、ゲストと一緒にデュエットすればいいのにと思うんだけど、なぜかやらない。彼女の熱烈なファンは「望海風斗の意外な一面」が聞けてそれで満足なのかもしれないが、そうでない私としては、フラストレーションがたまるばかりで、番組を聞いて今度は彼女の歌声を劇場で生で聞きたいと思うこともない。なんせ歌わないんだから。もしかして、彼女の熱烈なファン「だけ」に向けて作られている番組なんだろうか。TBSラジオで日曜の夜に放送されている「井上芳雄 by MYSELF」に彼女がゲスト出演した際には、ピアノの生演奏をバックに井上芳雄とデュエットしていたのに。こちらの井上芳雄の番組は30分間の生放送で、彼の話を挟みながらポップスとミュージカルの楽曲をそれぞれ一曲ずつ少しアレンジを加えて歌う。ゲストの来る回ではゲストとデュエットで歌う。ちょうどホテルのラウンジで小規模なコンサートをやっているような感じの番組である。番組がはじまってもう5年くらいになるが、毎週生放送であれを続けているのは大した熱量だと思う。彼と相棒のピアニストがあいついで新型コロナに感染して自宅から出られなくなったときは、自宅からリモートで歌っていた。なにが彼をそこまでさせているのか知らないが、歌の力を感じられる番組である。ラジオから流れる井上芳雄の歌声を聞いてミュージカルに興味を持ったという人も多いんじゃないだろうか。この番組はなんとなく流しっぱなしにするのではなく、番組がはじまるとできるだけラジオに耳を傾けるようにしている。

 

 平日の朝方にNHKで放送している「音楽遊覧飛行 映画音楽ワールドツアー」では、俳優の紺野美沙子が少し古めの映画を紹介しながら、その映画音楽を流している。なんだけれど、ある回で彼女が「私はこの映画、まだ見たことがないんですが」と言い出した。椅子からころげおちそうになった。なんだそりゃ。選曲もストーリー紹介もぜんぶスタッフが用意して、紺野美沙子はただ台本を読んでるだけかよ。こういう番組は、その映画が好きで好きでたまらないという人が「こんな面白い映画があるよ」「あの場面でこんないい曲が流れるんだよ」と情熱をもって語るべきものであって、そうでない人は、公共の電波で話してはいけないと思う。自分の言葉で話す語り手は、滑舌が悪くても訥々と話していても聞いていれば情熱が伝わってくる。まあ、この番組のような薄い映画紹介とありきたりな感想が台本通りに破綻なく進行するものは、毒にも薬にもならず、流しっぱなしの環境音にちょうどいいといえばいいんだけど、でもこういうのに慣れてはいけないと思う。なので、やはりこの番組がはじまると意識してラジオを消すことにしている。