ウィニー裁判

 この一週間、ずっとウィニーWinny)のことを考えている。きっかけは、映画「Winny」も公開されたし、ひさしぶりにウィニーの裁判を授業で取りあげてみようと思ったことだった。授業の資料用の文章を書き直しはじめたが、調べては書き、書き直しては調べ、書きながら考え直し、また考えて書き直すのくり返しで、スーパーで買い物をしているときも散歩の最中もずっとウィニーのことを考えている。いままで間違った理解をしていたことも多く、以前書いた文章には、P2Pネットワークのしくみについてへんな説明をしている箇所がいくつもあった。今回、いちおうファイル共有ソフトの基本的なしくみについては理解できたと思うけど(そう思いたい)、ブロックチェーンの分散保存がなぜデーター改ざん防止の強固なネットワークを構築するのかについては、いくら解説文を読んでもわからなかった。あれ、数台の端末がシャットダウンしてしまったら、データーの欠損がおきないの。

 

 十数年前にこのウィニー裁判を授業で取りあげた際には、かなりの数の生徒がさっぱりわからないという顔で「ウィニーってインターネットとは別の無線通信装置かなんかですか」という質問まであったので、コンピューターネットワークのしくみとファイル共有ソフトのしくみについては、とくにかみくだいて説明することにした。いちおう授業の資料の文章は書きおわったけど、どれだけの生徒がこの基礎知識編で脱落せず裁判までたどり着けるのかはわからない。逆に自分でフリーソフトのプログラミングをしているような生徒は、当然、私よりもずっとくわしいだろうし、この基礎知識の解説になにを当たり前のことを長々と説明しているんだと不満に感じるだろう。とにかく取り扱いの面倒な物件である。ただ、こうした技術系の問題は、その分野の専門家だけが是非を判断すればいいという問題ではない。その是非を判断するにはもちろんある程度の知識は必要だが、コンピューター技術もバイオテクノロジー原子力発電もすべての人に生活に影響をおよぼす重要な社会的課題であり、シロウトは口出すな式の発言には、まったく賛同できない。政治学社会学の分野では、権力・権威・権限は厳密に区別される。社会構造を分析する際に手がかりとなる重要な概念なので、もし政治学のゼミで学生がこの三つをあいまいに用いたら、きびしく指摘されるだろう。ただそれはあくまで学問領域の話である。先のシロウトは口出すな式の論法だと、権力と権威と権限の区別もつかないような政治学の基礎知識もない連中は、政治に口出すな、そもそもそんな連中に参政権を与えるなということになるが、それはけっして好ましい社会のあり方ではない。あ、話がそれた。

 
 で、ウィニー裁判である。(おぼえていますか、ウィニー。)

 ウィニーWinny)はウィンドウズ用のファイル共有ソフトで、2002年にプログラマー金子勇(かねこ・いさむ)氏によって開発され、2ちゃんねるフリーソフトとして公開された。それ以前に開発されたNapsterWinMXがいずれも著作権侵害の温床として社会問題化したように、ウィニーのネットワークもまもなく動画・音楽・マンガの画像・ゲームプログラムなどの著作物の違法コピーであふれるようになった。ウィニーの場合、最初にアップロードした者のIPアドレスが暗号化されるしくみになっているため、違法コピーをネット上にあげている者の特定が困難だったが、京都府警はウィニーのBBSから利用者を探しだし、2004年にふたりの容疑者を著作権法違反で逮捕・起訴した。それにあわせて、同年、開発者の金子勇氏もこのふたつの著作権侵害事件のほう助罪で起訴された。「幇助(ほうじょ)」というのは「手助けする」という意味の法律用語である。たとえば「これから人を殺しに行く」という者に刃物を貸し与えたり、「ここを刺すといい」とアドバイスをしたり、殺人現場で見張りをしたりする行為のこという。金子勇氏の裁判は、主犯のふたりと面識も金銭のやりとりもなく、ただウィニーを開発・公開した行為に著作権侵害のほう助が適用されるのかが争点になった。

 

 個人的には、開発者が刑事で起訴されるというのは違和感をおぼえる。検察側としては、ウィニーによる個人情報の流出や児童ポルノの流出もあとを絶たず、重大な人権侵害をもたらしていること重く見て、なんとしても刑事裁判でウィニー開発者の犯罪性を示したかったんだろう。2007年には、千葉で、生徒の個人情報をウィニー経由で流失させたことを苦にした教員が自殺する事件までおきた。検察側の意図はわからなくはないが、ウィニー経由の情報流出で一義的に悪いのはどう考えても暴露ウイルスをウィニーでばらまいている連中である。ウィニーそのものにスパイウェアのような仕掛けがあるわけではないので、情報流出の道義的責任までウィニー開発者に負わせようというのは強引すぎるように見える。2000年にアメリカで行われたナップスターNapster)訴訟のように、民事で著作権者がウィニー開発者へ損害賠償を請求するのが妥当だったのではないかと思う。
 
 判決は一審の京都地裁が有罪で罰金150万円。控訴審の大阪高裁は逆転無罪。上告審の最高裁でも無罪で確定した。うーん、無罪ねえ。この一週間、ずっとぐるぐると考えをめぐらせていて、先日はそのせいで駅のホームを間違えてしまって電車を一本乗り損ねた。そんなこの一週間の思考過程をAとBの脳内会話に変換してみるとこんな感じである。

 

「結局、最高裁では、金子勇(かねこ・いさむ)氏がウィニー開発時に大多数のウィニーユーザーが違法コピーに使うとまでは予想していなかったとして、彼の無罪が確定したわけだけど、これ、おかしくないかな。だって、彼がつくったウィニーファイル共有ソフトだよ。2ちゃんねるファイル共有ソフトを公開すれば、2ちゃんねらーたちが違法コピーに使うようになるのは火を見るよりあきらかだよ。いまも20年前も2ちゃんねるはずっとそういうところだよ。いちおう金子勇氏は、「悪用しないように」と言っているけど、2ちゃんねるで「悪用しないように」なんて冗談でしかないし、「もっとやれ」とあおっているのと大差ない。それにウィニーには、IPアドレスを暗号化する機能が備わっているから、CDやDVDやテレビ録画からの違法コピーをネット上に公開しても捕まりにくい。だからウィニーは、2ちゃんねらーを中心にあっという間に違法コピー目的のユーザーを増やしていった。このウィニー裁判では、金子勇氏を刃物製造者にたとえて「刃物を使った殺人事件で刃物製造者をほう助罪で逮捕するようなものだ」と彼を擁護(ようご)する意見が多かったけど、2ちゃんねるウィニーを公開した彼の行為は、たんなる刃物製造者よりも、むしろ、「これから人を殺しに行く」と言っている者に「これを使えよ」と刃物を渡す立場のほうにずっと近いと思うよ。だから、彼の行為は、著作権侵害のほう助にあたるんじゃないかな。」

「でも、それは、いまみたいにYouTubeもたくさんのSNSもあって、手軽に動画や音楽を投稿できるようになったからこそ言えるんじゃないかな。いまあえてファイル共有ソフトを使う人は、違法コピー目的以外には考えられないけど、金子勇氏がウィニーを開発した2002年には、まだ、YouTubeSNSもなかった。もしかしたら、ウィニーがその後のYouTubeみたいな色々な使われ方をする可能性だってあるって考えていたのかも知れないよ。違法コピーを公開する人がいる一方で、自作のおもしろ動画や楽器演奏を公開する人もいて、YouTubeみたいにそれを見た人たちがああだこうだ言いあって盛り上がっているような未来の可能性だってあり得たはずだよ。」

金子勇氏がウィニーを開発した2002年には、すでにファイル共有ソフトがいくつもあって、どれも違法コピーの温床になっていたよ。とくにNapsterナップスター)の場合、音楽ファイルの違法コピーがあふれて、そのせいでCDの売り上げが一気に落ち込んでしまったことから、2000年、レコード会社から600億円もの賠償金(ばいしょうきん)を請求されて、アメリカで大騒動(おおそうどう)になった末、サービスは停止された。Napsterをまねて日本でつくられたWinMX(ウィンエムエックス)も同じように違法コピーの道具として使われたことから、すぐにサイトは閉鎖された。ウィニーより2年もはやくピュアP2Pを実現したGnutellaグヌーテラ)もやはりすぐに公開停止になった。金子勇氏は、WinMXの代替ソフトとしてウィニーをつくったわけだから、こうしたファイル共有ソフトの状況を知らなかったはずがない。もし自分のつくったウィニーだけがその後のYouTubeみたいな建設的な使われ方をして、たくさんの人たちをつなげるメディアに育っていく可能性があると思っていたとしたら、あまりにも非現実的なおとぎばなしだよ。」

「2001年に公開されたBitTorrent(ビットトレント)の場合、IPアドレスの暗号化機能がないために違法コピーに使いにくく、合法的なフリーソフトの配信に用いられたり、初期のSpotifyでは、音楽配信のしくみとして利用されたりもしていたよ。たしかに、Napsterの場合、流通しているファイルの9割くらいがCDからリッピングされた違法コピーだったけど、その一方で、自分の演奏を公開しているアマチュアのミュージシャンやセミプロのミュージシャンもいたよ。Napsterは、損害賠償訴訟のためにわずか1年間でサービス停止に追い込まれてしまったけど、もし、閉鎖されていなかったら、Napsterでの配信をきっかけに、プロのミュージシャンとして活動するようになる人たちもたくさん出てきたと思う。それはちょうど、YouTubeへの動画投稿をきっかけにデビューした歌手やミュージシャンがたくさんいるみたいにね。そうなれば、Napster自体も、YouTubeみたいなメディアに成長していく可能性もあったんじゃないかな。ウィニーにも同じことがいえると思うよ。それに、ファイル共有ソフトの場合、いちいち動画サイトにアップロードしなくても、自作の動画や音楽のファイルを自分のパソコンの公開フォルダーに入れておくだけで、手軽に世界中の人に公開できるっていうメリットもある。2000年代はじめ頃は、まだ、光ファイバーの高速通信が普及していなかったので、100メガバイト程度のファイルのアップロードでも、10分以上の時間がかかったからね。」

「でも、ウィニーの場合、BitTorrentと違って、IPアドレスががっちり暗号化されるから、利用者のほとんどが違法コピー目的だったよ。2007年の警察庁の調査では、ウィニーで流通しているファイルの9割くらいは、やはり著作権侵害の違法コピーだって指摘されている。それに金子勇氏は、「2ちゃんねらー向けのファイル共有ソフト」として2ちゃんねるウィニーを配布したわけでしょ。2ちゃんねらーたちが違法コピー目的に使っている特殊な媒体(ばいたい)に自作の音楽や顔出しの動画を公開するなんて考えられないよ。自分が顔出しで歌っている姿を2ちゃんねらーに見られたくなんかないよ。」

「それは人によるよ。2ちゃんねるの運営者だったひろゆき氏がその後、2ちゃんねる流の人を煽(あお)ってあざ笑う発言でテレビタレントやコメンテーターとして活動するようになったケースもあるし、2ちゃんねる系のメディアから新しいミュージシャンや芸人が出てくる可能性もないとは言い切れないよ。そういう意味で、ウィニーYouTubeみたいなメディアとして成長していく可能性があったことは、完全には否定できないよ。YouTubeだって、2005年のサービス開始当初は、違法コピーのアップロードが氾濫(はんらん)していて、日本のテレビや新聞は、もっときびしく取り締まれってさかんに批判していた。そういう状態から、YouTubeは、いまみたいな大勢の人たちが様々な動画を投稿して活用する大きなメディアに成長していったわけだよね。」

「でも、YouTubeの場合、アップロードされた動画は運営会社によって管理されているから、違法コピーやポルノ動画や差別的な発言は定期的に削除されている。そうした投稿をくり返す悪質なユーザーには、利用停止措置もとられている。それに対して、ウィニーの場合、全体を管理する人が誰もいないから、違法コピーや流出した個人情報は、ネットワーク内の端末にずっと残されて、利用者が増えるほどコピーされてますます増えて、無法地帯になっていく。基本的なしくみがまったく違うわけだから、ウィニーYouTubeを同列には論じられないよ。ウィニーをはじめとするファイル共有ソフトの場合、はじめから自作の動画・音楽・プログラムだけを公開するように機能を制限するか、有料会員制にして会費から著作権料を支払うようにしない限り、合法的な運用は不可能なしくみだよ。だから、どのファイル共有ソフトも、利用者間の違法コピーがくり返されるようになって社会問題化し、各国で公開禁止措置がとられるようになった。そうしたファイル共有ソフトの特性は、2002年の時点ですでにあきらかだったし、ウィニーの開発者である金子勇氏は、そのことを誰よりも理解していたはずだよ。」

「ところで、ウィニーによる情報流失の問題については、開発者の責任を問わないの?ウィニー経由で企業の顧客情報や官公庁の内部情報が大量に流出して、こちらも大きな社会問題になったよね。2007年には、千葉で、自宅のパソコンから児童の個人情報を流出させてしまった小学校の先生がそれを苦にして自殺する事件までおきた。検察が金子勇氏の刑事告訴に踏み切った背景には、こちらの情報流出による経済損失や社会的混乱を重くとらえたからだって言われていたけど。」

「それはなんといっても暴露ウイルスをウィニーで公開して、ネットワークにばらまいている連中が圧倒的に悪いよ。ウィニー自体に情報を流出させるスパイウェアーみたいな機能があるわけではなく、情報流出はあくまでウイルス感染によるものだからね。その責任まで、開発者の金子勇氏に負わせようっていうのは、強引すぎると思うよ。一方、違法コピーは、ファイル共有ソフトの性質によっておきるべくしておきた根本的な問題だよ。ファイル共有ソフトは、インターネットを介して見知らぬ人たちとファイルをやり取りするためのものだから、必ず利用者のあいだで違法コピーがくり返されるようになる。さらに、YouTubeみたいに管理する人が誰もいないから、違法コピーは削除されることなく、どんどん増えていく。ウィニーの場合、Napsterと違ってファイル検索のためのサーバーも必要としないから、ウィニー利用者同士のネットワークがいったん稼働(かどう)しはじめると、もうとめることもできない。こちらの違法コピーの問題については、そうしたファイル共有ソフトの性質を知りながらウィニーを開発・公開した金子勇氏とウィニーで違法コピーをしている利用者との関係性は深いよ。だから、この裁判も、あくまでふたつの著作権侵害事件のほう助罪として、金子勇氏は起訴されたわけだよね。」

「でも、ファイル共有ソフトの、サーバーを介さずにファイルをやりとりして、ネットワーク内の端末同士でファイルを共有しあうしくみは、違法コピーをやりとりするような使い方だけでなく、様々な可能性をもっているよ。LINEやビットコインもこのP2Pのしくみを利用して、ネットワークにつながった端末間でデーターを共有している。金子勇氏もウィニーを試作品として公開して、そのプログラムがコンピューターのネットワークとしてどのように機能するか検証しながら、P2Pの可能性を模索(もさく)していたんじゃないかな。」

「それはなんとも言えないよ。金子勇氏がつくったのは、あくまで「P2Pファイル共有ソフト」であって、LINEやビットコインのような「P2Pを利用したまったく新しいジャンルの画期的なソフト」ではないし、初期のSpotifyのような「P2Pを利用した有料会員制音楽配信サービス」でもないからね。たしかに金子勇氏のオタク気質の性格から、おそらく彼は、P2Pネットワークでなにができるようになるかに夢中で、それが社会にどのような問題をもたらすかなんて自分が訴えられるまで興味もなかっただろうし、ましてや自分でウィニーを違法コピーに使おうなんて考えもしなかったんじゃないかと思うよ。ちょうどこどもが新しいおもちゃに夢中になっているみたいに、P2Pのプログラミングに夢中になっていたんだと思う。記者会見でも、プログラミングの話になるといきなり早口になって熱く語っていたよね。だから、検察側の「著作権制度の破壊のために、愉快犯的(ゆかいはんてき)にウィニーを開発・公開して、意図的に違法コピーをあふれさせた」っていう主張は、ただの言いがかりだと思う。でも、金子勇氏がP2Pの可能性になにを思い描いていたかについては、この裁判の本筋とは関係ないことだよ。刑事裁判は、被告人の良心を道徳的に裁く場ではなく、あくまで被告人の行為が法に触(ふ)れるかどうかを判断する場だからね。この事件ではっきりしていることは、P2Pファイル共有ソフトは、すでに2002年の時点でいくつもあったし、いずれも違法コピーの温床になっていたにもかかわらず、金子勇氏がウィニー2ちゃんねるで公開したという事実だよ。」

「でも、新しい技術を生み出すのは、たいていこういうひとつのことに夢中になってまわりが見えなくなるタイプの人だよ。それはプログラミングに限らず、バイオテクノロジーや宇宙開発でも共通している。実際、ウィニーのプログラムは、コンピューター・ネットワークの技術者たちからも高く評価されている。ウィニーを「十年の一度の傑作」と評価して、ウィニーのネットワークのしくみを工学部の授業の教材に使っていた大学の先生もいた。金子勇氏は、最高裁判決の2年後、42歳の若さで病死してしまったけど、彼のことをいまでも「天才プログラマー」と評価して、その死を惜しむ声も多い。こういう革新的な技術を生み出す人を警察が取り締まってしまったら、他のプログラマーたちも萎縮(いしゅく)して、新しい分野に挑戦しようとしなくなってしまうよ。そうなると新しい技術革新は生まれにくくなるだろうし、日本の産業も停滞してしまうんじゃないかな。」

「技術的に優れているかどうかと犯罪性があるかどうかもまったく関係ないことだよ。優れた技術が大規模な損害や大量殺戮(たいりょうさつりく)をもたらしたことは過去にいくらでも例がある。たとえば、原子爆弾を開発したマンハッタン計画は、当時のお金で20億ドルもの国家予算がつぎ込まれた巨大プロジェクトだったし、さらにB29はその1.5倍の予算をつぎ込んで開発された大型爆撃機で、どちらも最先端技術の塊のような存在だったわけだけど、だからといってそれらが日本各地で大勢の人たちを焼き殺したという事実は変わらない。優れた技術だから裁くなという主張は暴論だし、そういうテクノロジー至上主義はいびつな考え方だよ。それにインターネット分野で日本企業の進出がたちおくれたのは、レコード会社や映画会社や放送局や出版社がパッケージ販売にこだわって、ネット配信に消極的だったこと、あと、日本の著作権法がやたらときびしくてフェアユースのような柔軟な運用ができないことが大きいと思うよ。それはおもに経済的・文化的理由によるものであって、技術革新どうこうは関係ないよ。もし、日本の企業がインターネット・ビジネスにはやくから積極的だったら、資金力のある大手企業が世界中から優秀なプログラマーを好待遇で集めて、大々的に動画配信サービスをはじめたり、画期的なSNSをつくって世界中の人たちに利用してもらうことだってできたわけだからね。それに、そもそも金子勇氏がつくったのは、ウィニーっていうファイル共有ソフトだよ。ウィニーがどれほど技術的に優れていても、合法的な使い道なんかないし、ウィニーがもたらしたのは、違法コピーと個人情報の流出による社会的混乱だけだよ。」

「そこまで言うのなら、法律でウィニー自体を有害ソフトに指定して、使用禁止にすればいいことじゃないかな。なのにそれはできなかった。ウィニー自体の違法性が立証されていないのに、開発者を刑事裁判で起訴するっていうのは、スジが通らないと思うよ。」

「ほう助罪の場合、犯罪への関与の「度合い」で判断されるものだから、ウィニー自体の違法性を立証しなくても、状況証拠を積み上げて、開発者が利用者の著作権侵害に関わりが深いことを示していけば、十分有罪にできるよ。くり返すけど、ファイル共有ソフトは、インターネットを介して見知らぬ人たちとファイルをやり取りするしくみだから、自作の動画・音楽・プログラムだけを公開するように機能を制限するか、有料会員制にして会費から著作権料を支払うようにしない限り、合法的な運用は不可能だよ。どのファイル共有ソフトも必ず違法コピーがあふれるようなったというのは、それがファイル共有ソフトの性質によるものだからだよ。そのことはすでに2002年の時点であきらかになっていた。それをわかった上で、ウィニーを公開した金子勇氏の行為は、その後のウィニーユーザーによる著作権侵害事件と深く関与していたといえるんじゃないかな。」

「でも、ファイル共有ソフトには、違法コピー以外の使い道やそのしくみを応用した将来的な可能性がある以上、それは「疑わしい」というだけであって、ウィニー開発者が著作権侵害に協力したとまでは断言できないと思うよ。刑事裁判の場合、たとえ「黒に近い灰色」だったとしても、疑問の余地のある限り「無罪」ということになる。「疑わしい」というだけで人を処罰してしまったら、深刻な人権侵害をもたらすことになるからね。だから、民主的な社会では、「疑わしきは被告人の利益に」は、刑事裁判の大原則になっている。刑事裁判では、弁護側が無罪を立証する必要はなく、検察側が疑問の余地なく犯罪性を立証しない限り、被告人を有罪にしてはならない。英語で「guilty or not guilty(有罪か有罪でないか)」という言い方をするけど、「not guilty」は必ずしも「innocence(潔白)」である必要はない。「疑問の余地なく犯罪に関与した」と証明されない限り、刑事裁判では、「有罪とまではいえない」という意味で、すべて「not guilty」とされる。はたして、このウィニー裁判の場合、疑問の余地なく金子勇氏が著作権侵害をほう助したと言い切れるのかな。」

「もしかしたら、最高裁判決の「例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性(がいぜんせい)が高いことを認識、認容(にんよう)していたとまで認めることは困難である」というもってまわった回りくどい判決文も、判事たちが「きわめて疑わしいけど被告人は本当にその後の事態まで予測していたと言い切れるんだろうか」と何度も考えをめぐらせて悩んだ末のものかもしれないね。」

「そうだね。判事によって判断が分かれたのもそのためだと思うよ。」

 

 このAとBの脳内会話はわりとうまく書けた気がするので、そのまま授業の資料にする予定。で、この一週間の脳内会話の結論は、「かなり黒に近い灰色」。黒に近い灰色は、会話文にもあるように、刑事裁判では「有罪とまではいえない」という意味で無罪となる。ただし、民事で著作権者から訴えられたら、Napster訴訟と同様にウィニー開発者には賠償責任があったと考えている。まあどれもいまさらだけどさ。