Baseball is fun


地球の反対側でやっていた野球のワールドシリーズは異様に盛り上がって幕を閉じた。第6戦の試合後、スタンドの観客たちが夢でも見ているような表情でいつまでも立ちつくしていたのが印象的だった。中西部の田舎対決だったため、アメリカのスポーツメディアとしては盛り上がりがいまひとつだったのかも知れないけど、「フィールド・オブ・ドリームス」の舞台がアイオワのトウモロコシ畑だったように野球は田舎町のほうが似合う。そういう意味で「ワールドシリーズ」の名称は、自虐的なユーモアのように思える。野球は他のプロスポーツとくらべてスペクタクルの要素が圧倒的に少ない。ゆったりとした試合のテンポも、運の要素が大きくて勝ったり負けたりの試合展開も、7回裏に観客みんなで合唱する「野球場へ連れてって」のメロディーも、妙に叙情的で郷愁をさそう。たぶんアメリカ人にとってはなおさらだろう。野球はいま見ているのに想い出の中にいるような錯覚をおぼえる。私はテレビ中継を見ながら、こどもの頃に近所の友達とやったキャッチボールのことやはじめて打った三塁打のことを思い出していた。きっとセントルイスの住人たちは、20年後に2011年のワールドシリーズがいかにすごかったかをこどもたちに得意げに話して聞かせるはずである。日本のプロ野球が人気を失ったのも、幼いころから野球の英才教育を受けてきたスポーツエリートたちがドーム球場の無機質な空間で試合をする様子に叙情性を感じられなくなったからではないかと思う。


CSで映画版の「がんばれベアーズ」を放送していた。物語はウォルター・マッソー扮する少年野球の監督がグラウンドに現れるところからはじまる。彼はグラウンドの駐車場へ到着するなり、古ぼけたオープンカーの車内で缶ビールにウィスキーを混ぜてぐびぐびと飲み始める。人生万事投げやりといった感じ。70年代のアメリカ映画にしばしば登場するこういううらぶれた連中が私は大好きである。彼はマイナーリーガーくずれの中年男で、夢も将来の展望もないまま、いまは金持ちの家のプール掃除をしてその日暮らしをしている。一方、グラウンドに集まったこどもたちも、デブ・チビ・いじめられっ子にオタクと野球経験ゼロの連中ばかりでキャッチボールもろくにできない。監督のウォルター・マッソーは指導料さえもらえれば後はどうでもいいという調子で、「まあポジションは好きな場所をてきとうに守ってろ」とどこまでも投げやりに言う。当然、試合はまったく勝てない。ひと試合目はいきなり地区の優勝候補にあたってしまい、一回表、ワンアウトもとれないまま30点も取られてどうにもならならずに放棄試合。ふた試合目はどうにか六回までこぎつけたものの20対0で大敗。少年野球ものの基本はだめだめチームである。少年野球はこうこなくっちゃいけないのである。ほら、リトルリーグのこまっしゃくれたガキんちょたちが6-4-3のダブルプレーをそつなくこなしてもちっとも可愛くないでしょ。鍛えられてるなあとは思っても、そこからなにか物語を思い描くことはできない。物語っていうのは、だめだめ連中が自分たちのだめさ加減を突きつけらるところからはじまるのである。で、こてんぱんに負けたベアーズの面々は、グラウンドでも学校でもさんざんバカにされてすっかりやる気をなくしてしまう。ふてくされた調子で口々に野球なんかもうやってらんねえよと言いだす。ウォルター・マッソーはこどもたちのあまりのふがいなさに頭にきたのか、ここで突如として鬼監督へ豹変する。練習もしないくせに文句ばかり言うこどもたちに檄を飛ばし、「おまえたち、このまま終わっていいのかよ」とせまる。で、だめだめボーイズの猛特訓がはじまるのかと思いきやそうはならない。ここが「がんばれベアーズ」の不思議なところで、彼はキャッチボールもできないような連中をいくら鍛えたところでどうにもならないとふんだのか、手段を選ばずにとにかく試合に勝つことだけを優先させはじめる。まず子役時代のテータム・オニール扮する野球の天才少女に声をかけ、「野球なんてこどもの遊びもう卒業したわ」と色気づいて嫌がる彼女を説き伏せ、無理矢理チームのエース投手に据えてしまう。さらに、運動神経抜群だけど町一番の不良少年もテータム・オニールの色仕掛けでチームに引っ張り入れる。


野球はエースピッチャーとスラッガーがひとりずついれば後はどうにでもなるので、ベアーズはいきなり快進撃をはじめる。テータム・オニールは剛速球と猛烈に曲がるカーブをびしびし決め、不良少年は試合のたびにホームランを連発する。さらに外野にあがった打球はすべてセンターを守っている不良少年に捕らせるよう指示する。ベアーズは快進撃をはじめるものの、当然、こんなやり方では勝てば勝つほどチームのムードは険悪になっていく。そしてリーグの優勝を決定する最終試合、再び優勝候補のチームと対戦することになる。最初の試合でワンアウトもとれないままこてんぱんに負けた相手である。相手チームの監督は、ウォルター・マッソー以上に勝つためには手段を選ばない。三振したこどもを怒鳴り飛ばし、エラーしたこどもには口汚く罵る。さらにはラフプレーまで指示をする。ホームのクロスプレーでバックアップに入ったテータム・オニールは、相手のスライディングをまともに受けてしまい、スパイクで怪我してしまう。ここでベアーズのこどもたちは一斉に飛び出してくる。いままで女がうちのエースだなんてやってらんねえよと悪態をついていたこどもたちも飛び出してきて、みんなで彼女をかばおうとする。グラウンドは両チーム入り乱れて大乱闘。いままでばらばらだったベアーズはこの乱闘騒ぎでついにひとつにまとまる。ここはなかなかいい場面で、ジャッキー・ロビンソンドジャースの白人選手たちに受け入れられるきっかけになった乱闘事件を連想させる。そして試合は2対2の同点のまま最終回を迎える。監督のウォルター・マッソーはこどもたちを集めてこう言う。「俺が間違ってたよ、野球はみんなでやるもんだ、今日はいままで試合に出られなかったやつも全員打席に立とう、これが今年最後の試合なんだから」。代打に出た小さい子たちは誰も打てない。その裏、怪我をしたテータム・オニールにかわってマウンドに立ったメガネくんは逆に打ち込まれてしまい、ベアーズはサヨナラ負けでリーグ優勝を逃す。でも、ベアーズのこどもたちは、勝った相手チームの子よりうれしそうに笑っている。相手チームの子たちは、最後まで監督にがみがみ言われてしょんぼりしている。彼らは試合には勝ってもカタルシスはない。一方、ベアーズのデコボコ連中はみんな野球が大好きになったという様子でうれしそうに笑っている。映画はそうして笑ってる彼らの記念写真でラストシーンを迎える。デコボコ連中は最初から最後までぜんぜん野球が上達していないので、そんなに満ち足りた顔をしてていいんだろうかという気もするけど、これはひとつの野球チームができるまでを描いた物語だと思えば納得できる。勝ったり負けたりが野球なので、むしろ少年ジャンプ的上昇スパイラルは野球の物語には似合わない。野球が好きになった彼らは、きっと来シーズンも「保釈金ローン」のスポンサーロゴをつけて、勝ったり負けたりふてくされたりしながら野球をつづけるはずである。記念写真の中で笑っている彼らは、そんな来シーズンを予感させつつ物語は幕を閉じる。