原因は調査中です


「本日、三号建屋から黒い煙が上がりましたが、発生した原因と放射性物質については現在調査中です」

その後、調査結果は一向に発表されない。記者たちも毎日次々に起きる新しい出来事を追いかけるのに精一杯なのか、誰ひとりとして記者会見で質問しない。記者会見場での質問はその日の発表内容だけに集中し、新聞の紙面には政府発表を右から左へ流しただけのものが並ぶ。結局、あの黒い煙はなんだったのさ。


「本日、協力会社(下請け会社)の作業員の方がタービン建屋内で被曝し、病院へ搬送されました、そのうちの二名は高い放射能レベルの水たまりに入ったため、足にベータ線熱傷を負ったものと見られます、なお、被爆時の状況となぜタービン建屋内が高濃度放射性物質で汚染されていたかについては、現在調査中です」

この事件では、現場での放射線管理がずさんだったことが後になってわかった。最前線には放射線をモニターする東京電力の技師もつかず、下請け会社の作業員たちが人海戦術の突撃部隊として送り込まれているという。小隊長は後ろにいて突撃するのは二等兵という帝国陸軍スタイルである。一方、各原子炉建屋から離れたタービンの建物内に、なぜ高濃度放射性物質の水たまりができているのかについては、依然として発表されない。原発事故全体の把握という点では、こちらのほうがずっと重要なはずなのに。そこでネットでは様々な憶測が飛び交う。各原子炉と使用済み核燃料プールにはとっくに亀裂が入っている、原子炉内部の核燃料が溶解して流出している、もういくら放水しても亀裂から漏れて冷却効果はない、各原子炉建屋周辺には放射性物質のスープができている等々。


「本日、東京都葛飾区金町浄水場から、乳児の健康に影響の出るとされる基準値をこえた放射性物質が検出されました、なお、放射性物質の飛散状況は現在調査中です」

この日の深夜、「SPEEDI=スピーディ」という女の子四人組のグループじゃなくて、原発から放出された放射性物質の広がり方のコンピューター・シミュレーションの結果が発表された。緊急時迅速放射能影響予測というらしい。研究者や欧米各国から、日本にもSPEEDIがあるのに、なんで新曲を発表しないんだ、じゃなくて、なんでシミュレーションの結果を発表しないんだとせっつかれていたものだ。ところがSPEEDIはまともに機能せず、政府は「これはひとつの極端なケースです」と苦しい言い訳をくり返すばかり。毎年、7億8000万円もの予算をつかってるシステムなのに。ひとつの極端なケースということでは分析にも予測にもならず、たんに福島原発から放射性物質が「出ている」ことがわかっただけのシミュレーションになった。そんなことスーパーコンピューターに解析してもらわなくても、小学生だって知っている。


こうして原発事故をめぐって次々と新たな状況が発生するが、「それがなにを意味しているのか」「なぜそうなっているのか」「今後どうなるのか」という肝心なことがわからないまま、個々の状況だけを報じるニュースばかりが大量に発信されている。情報をもっている側の政府と専門家はうかつなことは言えないとひたすら慎重な姿勢をとり、その一方で、素人評論家たちは当て推量と思い込みをネットにまき散らしている。ディティールと憶測ばかりが氾濫する中で、個々の出来事の「点」は意味とすじみちを失って「線」にはならず、全体像が見えないまま、ただ状況だけが刻々と進行していく。まるで安部公房の小説のようだ。一万年後まで見通すという預言者の登場もいまはあまり笑えない。


朝日新聞3/21 国、住民の被曝予測公表せず 研究者らが批判
http://www.asahi.com/national/update/0321/OSK201103210061.html?ref=reca
原子力安全委員会プレス発表3/23 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の試算について
http://www.nsc.go.jp/info/110323_top_siryo.pdf
朝日新聞3/25 原子力安全委員会は国民の前に立て
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103250143.html