OECDによる国際学力調査

 OECDによる国際学力調査の結果が発表された。日本は前回以上にかんばしくない結果で、またまた「学力低下」を指摘する声が高まりそう。昼間のラジオを聞いていたら、小西克哉OECDの調査結果を取りあげて、ゆとり教育への批判と授業数増加の必要性を語っていた。あいかわらずこういう的はずれなことを言う人いるのね。まるで居酒屋で「最近の若い連中は」と与太話をしている酔っぱらいみたいだった。これは授業時間を増やして知識を詰め込めばいいというような単純な問題ではない。OECDの学力調査は、「知っていれば解ける」というような知識の量を問うテストではなく、長文の問題を読解し、資料を活用して論理的に考察し、自分の考えを文章で表現する能力が問われるという性質のものだ。OECDは、「数学的活用力」「読解力」「科学的活用力」「理科学習への関心・意欲」といった指標で、今回の問題とアンケートを作成した。また、3回連続で首位になったフィンランドは、日本の学校よりも授業時間数はずっと少なく、授業内容のほとんどが調べ学習とディスカッションにあてられている。もし、「考える力を問う」というOECDの調査方針を支持し、その結果をもとに「学力低下」を問題視するなら、「授業時間を増やしてもっと分厚い教科書を使え」という主張が出てくるのはこっけいである。これは学習内容について、量ではなく質の転換をせまられる性質の問題だ。以下、調査結果についての毎日の記事と毎日・朝日の社説。


国際学力調査:「理科に関心」最下位 数学的活用力も低下

毎日新聞 2007年12月4日
 経済協力開発機構OECD)は4日、57カ国・地域で約40万人の15歳男女(日本では高1)が参加した国際学力テスト「学習到達度調査」(PISA)の06年実施結果を発表した。学力テストで、日本は数学的活用力が前回(03年)の6位から10位となり、2位から6位に下げた科学的活用力と併せ大幅に低下した。また、理科学習に関するアンケートで関心・意欲を示す指標などが最下位になり、理科学習に極めて消極的な高校生の実態が初めて明らかになった。

 ◇57カ国・地域が参加

 調査には、前回より16多い57カ国・地域が参加。日本では無作為抽出された高校1年の約6000人が参加し、学力テストでは「数学的活用力」「読解力」「科学的活用力」の3分野を、アンケートでは、理科学習への関心・意欲などを調べた。

 日本の数学的活用力は前回534点から523点に低下した。特に女子が男子より20点低く課題が残った。また、読解力は前回と同じ498点だったが、順位を一つ下げ15位となった。8位から14位と落ち込んだ前回と同様、OECD平均レベルではあるが、改善しなかった。科学的活用力はOECDが先行して公表しており既に前回548点から531点に低下したことが分かっている。

 関心などのアンケートでは、理科を学ぶ「動機」や「楽しさ」などについて、それぞれ複数の項目を尋ねた。このうち「自分に役立つ」「将来の仕事の可能性を広げてくれる」など、「動機」について尋ねた5項目では、「そうだと思う」など肯定的に答えた割合がOECD平均より14〜25ポイント低かった。これらを統計処理し、平均値からどれだけ離れているかを「指標」にして順位を出したところ、日本は参加国中最下位だった。

 また、科学に関する雑誌や新聞などの利用度を尋ねた「活動」の指標でも最下位。科学を学ぶ「楽しさ」を聞いた指標も2番目に低かった。こうした関心・意欲の低下が順位の低下につながった可能性もあるとみられる。【高山純二】

 ◇渡海文科相「そんなに落ち込まなくてもいい」

 渡海紀三朗文部科学相は「科学的活用力が前回2位から6位になったことは残念。しかし、上位グループなので、そんなに落ち込まなくてもいい」と話した。理科学習への関心・意欲が他国よりも低いことには、「政策の中でより理科教育の充実が必要だと感じている」と述べ、次期学習指導要領改定で理数教育の授業時間を増やしていく必要性を指摘した。

 【ことば】◇OECDの学習到達度調査(PISA)◇ 生活に必要な知識や技能が15歳の子どもたちに身に着いているかを測定する国際的な学力テスト。00年に第1回調査が行われ、以後3年ごとに実施されている。00年は読解力、03年は数学的活用力、06年は科学的活用力を中心に調査が行われ、次回の09年は読解力を中心に調査される。今回はOECD加盟国30カ国、非加盟国27カ国・地域の約40万人が参加。09年は64カ国・地域が参加する予定。



国際学力調査 順位より「低意欲」こそ問題だ

毎日新聞 社説 2007年12月5日 東京朝刊
 経済協力開発機構OECD)の国際学力テスト「学習到達度調査」結果が出た。多くの人はまず日本の順位に注目しただろう。日本はこのところ順位があまりパッとしない。しかし、もっと深刻な現実がのぞいた。学習意欲のあまりの低さ、つまり「やる気」の薄さだ。

 2000年に始まった調査は3年に1回、15歳(日本は高校1年生)を対象に「読解力」「数学的活用力」「科学的活用力」の3分野をみる。いたずらに知識の多寡を測るのではなく、理解と応用の力をみようとする。今回は科学的活用力に重点を置いた。

 その日本の順位は参加国(OECD加盟30カ国、非加盟27カ国・地域)中6位で、前回の2位からは後退した。だが全体でみれば上位で、見方によっては「誤差の範囲」ともいわれる。この数字に一喜一憂するより、日本の生徒たちの日ごろの理科学習に対する関心や意欲の調査結果を考えたい。

 例えば、「30歳くらいでどんな職に」という問いに、科学関連の職業を挙げた生徒は8%という。え?と言いたくなる結果である。OECD加盟国平均では4人に1人が挙げた。また理科の勉強の目的も「自分に役立つので」と挙げた日本の生徒は4割余で、7割近いOECD平均の中で際立って低い。動機づけや学習活動面で日本は最低レベルに位置している。

 なぜか。理系の職業や社会的地位は、発展途上国で相対的に恵まれ、子供のあこがれが強いという事情もある。先進国では職業が多様に分化し、選択肢が増えるという側面もある。日本では理系の職種が必ずしも厚遇されていないからという指摘もある。でもそれだけでは日本の子供たちの関心・意欲が「ずば抜けて低い」(文部科学省)調査結果は説明できない。

 実は、こうした傾向は理科教育に限らず、既に多くの学校や子供たちの生活の場で指摘されていることだ。経済的な豊かさ、少子化と受験競争の緩和など、さまざまな要因が挙げられる。「生きる力の育成」を強調した「ゆとり教育」も、本来この状況の打開や改善を目指したものだった。

 前回のOECD調査で読解力の順位が下がったことで、ゆとり教育批判がにわかに強まり、教科学習を再び増やす学習指導要領の改定決定や、全国学力テスト実施に結びついた。ゆとり教育の手法や成果、OECD調査結果との因果関係について十分な検証が行われないまま、「ゆとりが学力低下の元凶」論が高まった面がある。

 今回の結果で、実験を工夫するなど理科教育の改善が進むことは期待したい。しかし、「やる気の薄さ」はこの分野に限ったものではなく、社会全体の問題、これからの日本の幅広い人材育成で避けて通れない問題、ととらえる視点と覚悟が必要ではないだろうか。

 単なる授業量増加が即効薬ではない。意欲、動機づけ、興味、関心などは、なかなかつかみどころがなく、これまで本格的に掘り下げて取り組みにくかった問題だが、もう先送りにはできない。



国際学力調査―考える力を育てるには

朝日新聞 社説 2007年12月05日(水曜日)
 二酸化炭素の排出量と地球の平均気温という二つの折れ線グラフを見せ、ここから読み取れることを書かせる。
 そんな問題が並んでいるのが、経済協力開発機構OECD)の学習到達度調査(PISA)である。学校で習った知識をどれぐらい覚えているかではなく、知識の応用力や論理的に考える力を問うのだ。対象は15歳で、日本では高校1年生が参加している。

 06年の結果によると、OECD加盟国以外も含めた57カ国・地域の中で、日本は科学的な応用力で6位、数学的な応用力で10位、読解力で15位だった。

 最初の00年、前回の03年と比べると、順位はいずれも下がっている。参加国が増えており、単純には比較できないとはいえ、学力低下に歯止めがかかっていないことはまちがいない。

 PISA調査といえば、03年に数学と読解力が大幅に順位を下げ、学力低下論議を一気に高めた。文部科学省は導入して間もないゆとり教育を見直し、国語や理科などの授業時間を増やして総合的な学習を減らすことを決めた。

 問題は、このカジの切り方でよかったかどうかである。

 今回の結果からは、日本の子どもの特徴について二つのことがいえる。

 まず、フィンランドなどの上位の国と比べると、学力の低い層の割合がかなり大きいことだ。この層が全体を引き下げている。これまでも様々な調査で、勉強のできる子とできない子の二極化が深刻な問題と指摘されていたが、底上げの大切さが改めて示されたわけだ。

 もうひとつは、科学では、公式をそのままあてはめるような設問には強いが、身の回りのことに疑問を持ち、それを論理的に説明するような力が弱い、ということだ。

 併せて実施したアンケートを読むと、その原因は授業のあり方に問題があることがわかる。理科の授業で、身近な疑問に応えるような教え方をしてもらっているかどうか。そう尋ねると、日本は最低レベルだったのだ。

 自分で問題を設定し、解決方法を考えるという力に弱い。このことは科学の分野に限らないだろう。

 学力の底上げと応用力。二つの課題を克服するには、どうすればいいのか。

 一人一人の学習の進み具合をつかみ、授業についてこられなくなったら、そのつど手助けする。落ちこぼれをつくらないためには、きめ細かな後押しが要る。

 応用力を育てるには、公式の当てはめ方などを機械的に教えるのではなく、その論理を子どもたちに自ら考えさせる。そんな授業が求められる。

 いずれも、十分な教員の数とともに、その質を上げることが必要だろう。

 単に授業時間を増やしただけでは、どうしようもないことは文科省も承知のはずだ。応用力が問われているのは、文科省もまたしかりである。


 大臣の「そんなに落ち込まなくてもいい」というコメントはもうなんのこっちゃという感じ。前回のOECDの学力調査の時には、「もっと塾や予備校にばんばん通わないと国際競争に勝てない」などと当時の文科大臣が発言していたけど、こういう人たちが文科相をやってることこそがいちばんの弊害に見える。オリンピックのメダルあらそいじゃないんだからさ。一方、毎日の社説の「順位より「低意欲」こそ問題」という指摘は問題の本質をとらえている。日本の場合、受験競争をたきつけることが若者を机に向かわせる原動力になってきた。(いま授業を受けもっている学校も「進学重点校」だそうで、受験指導に力を入れていることが最大のセールスポイントらしい。)しかし、このやり方では、子どもの数が減って受験競争がゆるくなれば、当然、学ぶモチベーションも低下する。さらに、終身雇用が崩壊し、高度成長期のような「いい大学」へ入って「いい会社」へ入れば定年まで安泰という単純な人生設計も成り立たなくなっている。それ自体は悪いことではない。問題は、そうなったときに、学ぶ原動力が他にないという点である。奇妙に思ったことを自分なりに調べて考えていくことの面白さやそれがわかったときの爽快感を体験していなければ、学校は「将来にそなえるため」のがまん大会の場でしかない。試験のためにおぼえた知識は試験とともに失われていく。おとなにとっては若者の「学力低下」は無責任に批判できるため、やたらと問題視されているが、日本人の場合、むしろ国際調査では、成人の科学的関心や理解度の低さのほうがきわだっている。以下は成人に対して行った科学的関心・理解度について国際調査の結果。



 ・1996年OECDによる調査で日本は14か国中13位

 ・1997年全米科学財団による調査で日本は14か国中13位

 ・2004年文部科学省科学技術政策研究所による調査で日本は14か国中12位

 ・2004年同上調査の中の「新しい科学的発見」に対する関心について日本は14か国中最低

 → 論考空間「教育は科学を正しく教えているか」より



 ようするに成人の部では多くの国際調査でほとんどビリである。若者の「学力低下」について、「これ以上理科離れがすすんだら日本の技術力が低下する」なんて天下国家を嘆いている人には、当人の科学的関心や理解をたずねてみると面白そうである。案外、そういう人ほどゲルマニウムブレスレットやマイナスイオン機器を愛用していたり、血液型占いの熱心な信奉者だったりするかもしれない。高校生の「学力低下」にやたらと神経質な文科省が、こちらの国際調査については何もコメントしないのは、技術者や専門職以外の者が科学に興味がなくても産業の振興に影響はないと考えているからだろうか。それとも大衆はバカな方が都合が良いと考えているからだろうか。



 ラジオの小西克哉はいいことも言っていた。マイナスイオンや「あるある」のような疑似科学を信じてしまう傾向は、今回のOECDの調査で科学的関心や学ぶ楽しさについての指標がやたらと低いのと根を同じくするもので、日本人の論理的思考力の不足や論理性を重視しない社会状況が背景にあると。若者の考える力や科学への関心は学校だけで養われるものではない。マイナスイオン機器を愛用しつつ、そのいっぽうで若者の「学力低下」については「けしからん」なんて天下国家を論じちゃってる勘違いな人、あなたのまわりにいませんか。