ベネトンの広告


ベネトンの広告についての解説文と課題を全面的に書き改め、去年の「UNHATE」キャンペーンを資料に加えた。ずいぶんややこしい話になってしまって、もはや高校生向けの課題というよりもメディア論のゼミみたい。まあ、高校生の中にもこういう話を面白がってくれる者がひとりふたりはいるでしょう。この十年の間に、ベネトンジャパンの広報部に話を聞きに行ったり、何度も課題文を書き直したりして、けっこう手間のかかっているテーマである。えっ、十年考えてこの程度かって、はい、この程度でございます。


ベネトンの広告
http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/benetton.htm


書き直した課題と解説は次の通り。

【課題】
 次の資料はユーゴスラビアの和平を呼びかけるポスターです。ユーゴスラビア内戦の激しかった1994年に、イタリアのアパレルメーカのベネトン社によって制作されました。



 当時のユーゴスラビアでは、共産主義体制崩壊後の混乱の中で、極端なナショナリズムをとなえる政治指導者によって民族間の憎しみがあおられ、やがてその対立は、武器を手にした市民同士による市街戦へとエスカレートしていきました。この内戦では、兵士の多くはにわかづくりの民兵たちで、互いに顔見知りの隣人同士が民族や宗教のちがいをめぐって銃口を向け合い、各地で民間人に対する大量虐殺が行われるという凄惨な事態をまねきました。この内戦によって、ユーゴスラビアは解体され、各共和国はそれぞれ独立することになりましたが、内戦から10年以上たったいまも、隣人同士で殺し合った記憶は、バルカン半島の人々に暗い影を投げかけています。
 また、ユーゴスラビアの内戦は、多くのヨーロッパの人々にとって非常にショッキングな出来事でした。ヨーロッパの社会は、18世紀以降、ナショナリズムのぶつかり合いによる戦争を幾度となくくり返してきましたが、第二次世界大戦を最後にそうしたナショナリズムの問題を克服してきたと多くの人は考えていたからです。例えば、フランスとドイツは近代の歴史の中で何度も戦争をしてきましたが、21世紀のいま、フランスとドイツの間に戦争が勃発するのはもはや考えられない状況です。ところが、ユーゴスラビアの内戦では、民族対立による殺戮が21世紀を目前にして再びくり返されてしまったわけです。
 このポスターはそういう中でユーゴスラビアの和平と難民の救済を呼びかけるキャンペーンとして制作されたものです。ポスターの制作者であるオリビエーロ・トスカーニ氏は、「広告は現実の問題をもっと取りあげるべきだし、そうした問題に企業が取り組む姿勢を示すことこそが最大の広告になる」という主張を様々な場で展開しています。つまり、企業には社会的責任があり、その社会的責任についての企業の考え方や取り組みを広告を通じてアピールし、それに賛同する人たちが商品を買うというのは、企業と消費者の関係として最良のコミュニケーションだというわけです。

 あなたはこのユーゴスラビア反戦を呼びかけるポスターをどのように評価しますか。次のAとBの会話を読み、あなたの考えを書いてほしい。



A「このポスターは戦死した若い兵士の遺品を大きく映し出すことで、もうこの世界にはいないひとりの若者のことを見る側に想像させているよね。血まみれになって死んでいったこの17歳の若者はいったいどんな若者だったのか。彼はどんな音楽が好きだったのか、うれしいときにはどんな顔で笑ったのか、恋人はいたのか、軍に入隊するとき彼の親はなんと言ったのか。そういう私的なことを見る側へ想像させることで、このポスターはユーゴスラビアの和平を訴えている。戦死者のことを「ただの数字」や「どこかの誰かの死」としか思っていなければ、和平の呼びかけに共感することなんてないからね。そういう意味で、手法としては、広島や長崎の原爆資料館に展示されている被爆者の遺品によく似ていると思う」


B「たしかにインパクトのあるポスターだね。原爆資料館に展示されている黒こげになった服や弁当箱が被爆者たちになにがおきたのかを雄弁に語っているように、このポスターも言葉でユーゴ紛争について解説されるよりもずっと印象に残る。ユーゴ紛争で、兵士の多くがこの17歳の若者のように、にわかづくりの民兵だったこともポスターから伝わってくる。だから一枚のポスターとしては優れていると思うし、これが日米で広告賞を受賞したのも納得できるよ。ただ、この血で真っ赤に染まったTシャツの映像は、あまりにも強烈で暴力的だよ。いくら現実に起きていることとはいえ、このポスターを公共の場へ展示して、不特定多数の人へ見せようっていうのは、無茶じゃないかな。想像してみなよ、電車の釣り広告にこのポスターが使われているところさ」


A「うーん、たんに映像がショッキングというだけなら、ホラー映画のポスターなんかはもっとどぎついものがたくさんあるよ。このポスターがショッキングなのは、映像としてのどぎつさではなく、そこに映し出されているものが「事実」であることだよね。でも、こういう大事なことを訴えているポスターこそ、公共の場に展示して、多くの人に見てもらうことに意義があると思うよ。ほら、ユニセフが紛争地のこどもの救済を呼びかける広告で、よくアフリカの飢えたこどもたちの映像を使っているよね。難民キャンプで撮影されたがりがりにやせた姿のこどもが出てくるコマーシャル。あのユニセフの広告だって、こんな悲惨な映像をテレビで流すなって怒る人もいる。たしかにあれを見て愉快に感じる人はいないだろうけど、だからといって、不愉快だから放送するなって言うのは、自分の都合のことしか考えていないように思うよ」


B「でも、このポスターの場合、ユニセフのような国連機関と違って、ベネトンっていうファッションブランドが制作したものだよね。もうけを目的に活動する私企業がこういうポスターをつくって、反戦人道支援を呼びかけるのは偽善的な感じがするよ。ベネトン側は商品の売り上げをのばすためにこういうポスターをつくっているわけではないって主張してるけど、本音はどうかわからないわけだし」


A「まあ、企業にも社会的な責任はあるわけだし、利益とは関係なく、企業がこういうポスターをつくることに意義はあると思うよ。それにベネトンの場合は、ポスターをつくってるだけじゃなくて、CSRとして国連の人権機関や難民救済機関にも協力しているわけだよね。たとえ、もしそれが売名目的の宣伝活動だったとしても、良いことをして企業評価を上げてるわけだから、批判されるようなことではないと思うよ」


B「そうかなあ。もし、セーターの売り上げを伸ばすためにこういう広告やCSRをやってるんだとしたら、他人の不幸を自分たちのもうけに利用することになるわけでしょ。その点で釈然としないよ」


A「でも、それだと人気タレントやモデルがにっこり笑って商品をアピールするようなうわべばかりの広告が氾濫することになってしまうよ。実際には大勢の社員をリストラしていたり、中国や東南アジアの工場で劣悪な労働条件を現地の人々に押しつけていたり、汚染物質をたれ流していたりするのに、広告の中では、そんなこと一切ないかのように人気タレントがにっこり笑っている。実際、そういう企業はたくさんあるけど、そちらのほうがずっと偽善的なんじゃないかな」


B「たしかに発展途上国の人々に劣悪な労働条件を押しつけて製造したものだったら、それがどんなに安くても、あるいは機能やデザインが優れていても、買うのは気がとがめるね。だから、企業にも社会的責任があるという考え方には賛成だよ。でも、そういう社会問題の追及は報道機関の役割であって、わざわざ広告でやる必要はないんじゃないかな。なので、企業広告は人気タレントがにっこりでかまわないと思うよ」


A「でも、企業がこういうポスターをつくることは、社会問題に目を向けるひとつのきっかけになるよ。例えば、ベネトンが1989年に制作した、白人の赤ちゃんが黒人女性の乳を吸っているポスターは、アフリカの豊かさを白人が搾取している社会状況を象徴的に描いたものだけど、これは当時、南アのアパルトヘイトに抗議する国際世論を喚起したとして評価されている。一枚のポスターにはそういうふうに社会を動かす力もあるはずだよ」


B「それは国連やNGOがやるぶんにはいいと思うんだけど、企業がブランドイメージの確立をねらって、こういう社会正義を訴えるようなポスターを制作するのは、やっぱりあざとい感じがするよ」


A「現在では、ステルス・マーケティングやタイアップ広告のような、広告であることをふせて商品を消費者の意識にすり込んでいく手法がネットやマスメディアに大量に氾濫しているよね。それに対して、ベネトンの一連の広告は、「自分たちはこう考える」というのをアピールして、それに賛同してくれる人たちが自分たちに興味を持ってくれたらいいなというやり方をしている。そういう意味では、ものすごく直球勝負の広告じゃないのかな。オリビエーロ・トスカーニも言っているように、企業が広告の中で自分たちの考え方や社会的取り組みをアピールして、それに賛同する人たちが商品を買うというのは、企業と消費者の関係として理想的なものだと思うよ」


B「でも、反戦や反アパルトヘイトならまだしも、2000年の死刑廃止キャンペーンみたいに、賛否の分かれる問題を企業が一方の立場から、広告として発信するのは傲慢だと思うよ。実際に事件の被害者遺族の中からはベネトンの死刑囚広告は許せないって声もあったし、こうしたデリケートな社会問題について、センセーショナルな広告キャンペーンを行うのはちょっと無神経じゃないかな」


A「欧米の企業の場合、スターバックス同性婚を支持したり、ナビスコゲイパレードの記念クッキーをつくったり、社会問題に企業としての立場を表明するのはよくあることだよ。むしろ、日本の企業のほうがこうした人権問題に鈍感すぎるんじゃないかな。それにベネトンスターバックスナビスコも、たくさんある私企業のひとつにすぎないわけだから、死刑廃止同性婚支持の意見表明に納得できなければ、消費者は商品ボイコットをすることでいくらでも対抗できるよね。今後いっさい、ベネトンの服を着なくても、スターバックスのコーヒーを飲まなくても、あるいはナビスコのオレオ・クッキーを食べなくても、生活に困ることはないはずだよ。意見広告で問題なのは、電力会社が一方的に原発推進のメッセージを流したり、政府が政策推進のメッセージを流したりするケースで、こちらは独占状態にあるわけだから、人々には対抗手段がない。原発に反対でも地域の電力会社を使わざるを得ないし、政策に反対でも税金を払わないわけにはいかない。それに対して、ベネトン死刑廃止キャンペーンの場合は、商品ボイコットも覚悟の上でやっていたわけだから、フェアーだと思うよ」


B「うーん、ベネトンのような巨大な多国籍企業の場合、広告の影響力も大きいから、気に入らなければ商品ボイコットをすればいいではすまない問題だと思うよ。納得できない人たちに同じだけの反論の場を提供して、アクセス権を保障しないかぎり、フェアーとはいえないと思うんだ」


A「マスメディアへのアクセス権は、権力への対抗手段という考え方が根底にあるわけだから、それが保障されるべきなのは、むしろ政府広報や電力会社の原発推進広告のようなケースじゃないかな。世論誘導としてはこっちのほうがはるかに深刻な問題なんだから」


B「そうかなあ、ベネトンの一連の広告の場合、ベネトンへの注目を集めるために、わざとショッキングな映像をつかったり、戦争や人種差別や死刑といったショッキングなテーマを取りあげたりしているように見えて、釈然としないんだけど……」


A「でも、ベネトンの一連のポスターは、おもしろ半分にショッキングな映像を使ってるわけじゃなくて、現実に起きている社会問題に目を向けてもらおうとして、あえてやっているわけだよね。もしも、ユーゴ和平を呼びかけるこのポスターが、「人々に不快感を与えないため」という理由から、紙おむつや生理用品の広告のように血を青い色に加工してあったら、そのほうがずっと不誠実だと思うよ。それはポスターの中の17歳の若者の死を冒涜する行為ではないかな」


B「そうは言っても、実際、このポスターはほとんどのヨーロッパ諸国で公共の場への展示が認められなかったわけだよね。ヨーロッパ諸国の場合、不特定多数の人が目にする街中の看板やテレビの地上波については、日本よりもずっと規制が厳しいからね。そういう意味で、この血で真っ赤に染まったポスターはあまりにもショッキングだし、不特定多数の人の目に触れる場に展示するには、もっと配慮が必要だと思うよ。広告っていうのは、本人が能動的に見るものではなく、向こうから一方的に飛び込んでくるものだからね」



CSR  企業の社会的責任のこと。「Corporate Social Responsibility」の頭文字。フィランソロピーメセナのような、慈善事業にお金だけ寄付してさようならというものとは異なり、企業が社会へ与える影響に責任をもち、社会からの様々な要求に対して適切な意思決定をすることを意味している。


アパルトヘイト  南アフリカ共和国で1994年までつづけられた人種隔離政策のこと。人口で15%の白人が多数派の有色人種を支配する手段として人種間の隔離がおこなわれ、黒人たちは電気も水道もないスラム街へ押し込められていた。


ステルス・マーケティング  消費者に広告と気づかせずに商品をすり込む手法のこと。日本では、もっぱらクチコミを装ったバイラル・マーケティングのことを意味し、「ステマ」の略称で呼ばれている。例えば、学校で人気のある若者に企業が新製品を貸与し、宣伝であることをふせて「うん、これけっこう良いよ」と彼らに言わせ、それとなく周囲にすする。あるいは宣伝担当者がユーザーになりすまして、ネット上で「ついに買っちゃいました、めっちゃいいです」等の発言をくり返すといった行為である。こうしたバイラル・マーケティングは2000年代半ばのアメリカではじまり、社会問題化したため、現在、欧米の多くの国では、消費者を欺く行為として法的に規制されている。日本では規制がないため、とくに匿名性の高いネット上ではこの種のやらせが氾濫していると言われている。


タイアップ広告  映画やテレビ番組や雑誌記事と連動した広告手法のこと。たとえば映画では、企業がスポンサーとなって資金提供をする見返りとして、映画の中にその企業の商品を登場させる。近年のハリウッド映画では、数分に一回くらいの割合で画面の中にタイアップ企業の商品が登場する。とくにアクション映画で主人公が愛用している腕時計やスポーツカーといった重要なアイテムは、確実にタイアップ商品であり、登場回数や見せ方まで広告契約で細かく規定されている。また、雑誌やテレビドラマの中でモデルや俳優が使用している服やバッグも多くがタイアップ商品であり、とくにファッション雑誌の場合、ほぼ一冊丸ごとタイアップ広告という状況である。こうしたタイアップ広告も、ステルス・マーケティングと同様に、消費者に広告と意識させずに商品をすり込む手法のひとつである。


アクセス権  新聞記事やテレビ番組や広告などによって批判された人や団体がマスメディアへアクセスし、反論する機会を得る権利のこと。日本では、産経新聞自民党による共産党批判の意見広告を掲載したことをめぐって、共産党が同じだけの反論の場を提供するよう新聞社に要求したケースがアクセス権の例として知られている。